明治の自由民権運動の頃、坂本龍馬はどんどん伝説化していく。
多くの出版物、偽写真、偽手紙なども市場に出回ったという。
それから、日本は近代国家として少しずつ成長していく。
気付けば、軍閥の国となり、あの戦争に突入していった。
その頃には、坂本龍馬の名を覚えているのは海軍士官ぐらいのものだった。
戦争が終わりやがて高度経済成長の頃に再び坂本龍馬は注目されるようになる。
司馬遼太郎「竜馬がゆく」は新聞連載時から一大ブームを起こしていった。
それから、現代日本人による坂本龍馬像が形成されていった。
北辰一刀流の塾頭でありながら剣を抜く事はなかった事。
日本初の株式会社と呼ばれる亀山社中。
幕末最大の奇跡と呼ばれる薩長同盟。
捕り方百人と言われた寺田屋事件。
日本人初の新婚旅行、日本初の海難裁判。
近代国家構想の原点とも言える船中八策。
世界市場例を見ない無血革命、大政奉還。
今も謎を残したままの龍馬暗殺。
他にも、海援隊や、数多く残る手紙、逸話。
浪人というなんの後ろ盾も持たない身分でありながらこれだけの足跡を残した。
全国に龍馬会が結成され、今では高知の空港は、高知龍馬空港と名を変える。
京都の霊山への墓参は、一日として人が訪れない日はないという。
「日本の夜明けは近いぜよ」と野太い声で船の舳先に立つ大男。
まるで、絵本の登場人物のように、坂本龍馬は誰もが知る形を与えられた。
小説だけにとどまらず、映像、漫画、舞台、ありとあらゆる形で描かれていく。
それは同時にいつの間にか、坂本龍馬という個人を超え、伝説の男となっていった。
デビッド・宮原は、坂本龍馬という「人間」を作品にしていく。
このBLOG「龍馬伝説」を書き続けた、僕、小野寺隆一は、伝説の男ではなく一人の人間として
彼、「坂本龍馬」個人を追及していくことになった。
それは多くの伝説、多くの逸話と出会うことでもあり、多くの先輩の演技を確認する作業でもあった。
伝説の男として演じられてきた坂本龍馬を見てそうではない、ただの男としての坂本龍馬を探すというパラドクスだった。
そして、僕はただの男、坂本龍馬を演じるという作業に没頭した。
何故なら、この作品は、「伝説になる」のは最後の一瞬だけだからだ。
それまでは、伝説であってはならなかったからだ。
何よりも辛かったのは、友を亡くしていく事だった。
「IZO」という作品ではまだ誰も亡くしていかなかったのに。
続編の「また冬が来て〜IZO2〜」という作品から一人一人友を亡くしていった。
吉村寅太郎、那須慎吾、安岡嘉助、久坂玄瑞、武市半平太、岡田以蔵、近藤長次郎、池内蔵太、高杉晋作、藤吉、中岡慎太郎。そして、坂本龍馬。
友は一人一人、稽古でも舞台本番でも必ずそのシーンに差し掛かると消えていった。
その度に、自分の何かをもぎ取られていくような錯覚が僕を襲った。
作品に登場しない人物も、作品に登場しない死のエピソードさえも、本当は僕は耐えられなかった。
それでも、一人一人、背中に乗せていった。
そんなことを繰り返していたからなのか。
そんな演技を稽古場で披露しつづけたからなのか。
そういう運命だったからなのか。
「とけながら降ちてきた雪」という作品で。
初めて劇団前方公演墳のステージの上で人の死が演じられる事になった。
斬られ役ではない。エピソードで語られるわけでもない。
それまでは、敢えて、触れなかった場所にこの作品で突入してしまったと僕は思った。
それからの作品で、何人かの登場人物がステージの上で亡くなって行く事になる。
もちろん、作品によってだけれど、この作品が実は初だった。
初演、シアタートラムでの幕が閉じたその日から。
一部のお客様の間でこの作品が伝説化していった。
また観たい、もう一度感じたい、あの作品の再演はないのですか?あの作品でファンになりました。
その後も数多くの人気作品がある。
他にも、もちろん、そういう希望の高い作品はある。
でも、一部の人に熱狂的に再演希望される作品はこれが初めてだった気がする。
そして再演された。
再々演はあるのですか?と最近、また聞かれ始めた。
多くの坂本龍馬伝説の中の一つとして作品はまた記憶の中に沈んでいく。
ただの男坂本龍馬もいずれまた、伝説の男坂本龍馬に飲み込まれていくだろう。
あるのかどうかなんて知らない。ないかもしれない。
あったとしてもきっと何年も後になるだろう。
そしてその頃、僕が坂本龍馬をもう一度演じている保証などどこにもない。
若手が取って代わっているかもしれないし、僕がステージを降りているかもしれない。
或いは、体力的に不可能になっているのかもしれない。
あの残虐な暗殺のシーンで。
何人ものお客様が、僕の演じた龍馬の笑顔ばかりが頭に浮かんだと聞いた。
それだけで充分だ。
それ以上、何を求めればいいんだろう。
きっと今回も何人かのお客様の記憶に刻まれ生まれたはずだ。
他のどこでも見ることの出来ない、坂本龍馬伝説が。
そして僕は伝説を背負ったまま、十周年公演にひた走る事になる。
2008年04月26日
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