とけながら降ちてきた雪:伊藤春輔
劇団前方公演墳の突っ込みといえば言わずと知れたこの男。テンポラルを解散後、新コンビザックバランを結成。お笑いライブ、学園祭のMCなどでも活躍中である。劇団創生時は役者として参加し、第四回公演から徐々に公演内でもツッコムことで数多くの笑いを生んできた。本公演でももちろん、初演以上の笑いを生み出すだろう。そして本公演では久々となる、この男の本気の演技も見ることが出来るのだ。
A.初演の「大江戸殺人事件」
の伝説の伝七親分。←島川さん(客どん引きの中、貫いた)
A,「とけながら落ちて来た雪」
の藤吉←成田山。(伝説の120シーン待ち)
A,「2099」
の金子さん(役名忘れたけど、突っ込みが若かかった)
A.「2099」
の、主役の小野寺さん。(役名忘れたけど、なんか、キモかった。)
A.「ネメシスの降りた町」の人切り半蔵←溝口(しゃくれてた)
好きなシーン。「恋が舞う雪が散る」あっ(>_<)
◆第二問:十周年で一番の劇団のエピソードとは?
A.「大江戸殺人事件」の本番前に、ぎっくり腰をしてしまった、元劇団員、吉野さんは、時代劇にも関わらず、それでも、車椅子を僕等に押させて出演していた。
当時は、たいして突っ込みも無いので、ただ痛かった。
A.本番中に外で路駐してある車のせいで、道が渋滞していると、警察に言われ、お客様の中にいるかと思い、金子さんは芝居をストップさせてまで、路駐の車の番号を読み上げた。
結果、来場しているお客様ではなかった。
A.圭くんがレンタカーのミラーを破損。
A.僕の父親が作業服を着て、観劇。
A・ストレートヘア〜に憧れた金子さんは、美容師の母親に頼んで、ストパーを決行し、森の石松を演じる。
結果、黒光りするは、武田鉄矢、ゴキブリと言われる。
◆第三問:十周年を迎えられた秘訣とは?なぜ続けられた?
A.トミトミが溺愛するから。
A.デビット宮原先生が、いつも嘘つくから。
◆第四問:十年前の前方公演墳や自分はこんなんでした。
A.柳さんが女子高生で、ドキドキした!
A.足立さんが一生懸命劇団を支えていた。
A.川端くんが、「小さな柴田恭平」だった。
A.前方公演墳の「演」が「園」だった。
A.僕はVシネ界でやっていこうと思っていた。
◆第五問:十年経って前方公演墳や自分はこうなりました。
A.柳さんが大人になり、それはそれでドキドキする。
足立さんは、渋く成りすぎておじいちゃんになった。
川端くんは、ビジネスマンになり、
前墳は「演」が「園」になったことと、僕はVシネ界を諦めた。
◆第六問:十年後の前方公演墳や自分はこうなるでしょう。
とうとう、我が劇団もアジア進出をするチームができた。
名前は
劇団前方公演墳
「ナンプラー」
既に、ヒィリピン公演を成功させた。
A.僕は全快でパゲてる。跡形もないぐらいに。
◆第七問:十周年記念公演後に前方公演墳は何が変わる?
A.テクニシャン。
◆第八問:十代の頃の夢は?
A.体育の先生。
A.ハンドボールのコーチ。
A.テクニシャン。
◆第九問:十周年記念公演、今回の見所など
A.歴史が変わる。
A.それは計りしれない。
まだ、台本見てないけど。
◆第十問:十年間でお世話になったお客様に
A.たくさんの、喜び、悲しみ、挫折、ボクたちは皆様と共に励まし合い進んで参る事ができました。
小さな可能性が今や、大きな可能性と変わりつつある中で、
皆様と出会えた奇跡や喜び、初心を忘れずこれからも邁進していきたいと思っております。
ありがとう
ありがとう
ありがとうございました。
良い思い出ができました。
出身は農民でありながら、吉田松蔭の開いた松下村塾にて才能を開花。以後、高杉晋作を慕い奇兵隊の力士隊を率いたと言う。高杉の死後は政治方面でも活躍、維新後、日本の初代内閣総理大臣伊藤博文となった。
「とけながら降ちてきた雪」では、高杉を慕い、桂と共に政治活動もするのだ。だが、高杉晋作の結核は・・・。
高杉を「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し」と詠んだ伊藤は、終生、高杉を尊敬しつづけたと言う。

どういう意味だ?
確か髪の毛を青に染めてたけど。
ってか、おめー。
伊藤博文にどこまで似てるんだ??w