2008年02月04日

住み慣れし都路出でてけふいく日

住み慣れし都路出でてけふいく日 いそぐもつらき東路の旅



土佐勤皇党を引っ張る武市の活躍は目覚しかった。
あっという間に藩の重役と次々に面談していく。
郷士の人数が多い事と、江戸や九州で気付いた他藩との人脈がものを言っただけではない。
武市瑞山の堂々とした体躯、武芸に秀で、学問優秀、絵や書まで嗜む人物。
上士の中に武市に教えを請うものまで現れたという。
そしてついに参政吉田東洋との面談も許されたといわれた頃龍馬は旅立つ事となった。
藩には剣術詮議の名目で丸亀まで行くと伝えてあるが、実際は長州の探索である。
長州藩は熱烈な吉田松陰門下生による尊皇攘夷の志士がいる。
江戸で武市はその中でも有名な久坂玄瑞と共に一藩勤皇の盟約をしたという。
ところが、最近、航海遠略説という公武合体論を唱える長井雅楽なる男が現れたという。
その男が現れたと思ってすぐに、孝明天皇の妹、和宮の十四代将軍への婚儀が決まったのだ。
全国の志士が、これは幕府が朝廷の人質を抱える行為であると憤激した。
武市は直ちに長州藩を探索せねばと考え、顔の広い龍馬を派遣する事となったのだ。

「ほじゃ、久坂さんたちも、どうにもならんかったですか」
「そうなのです。朝廷がいたく長井の説をお気に入りあそばした」
「それは・・・」
「高杉晋作と言う男を知っていますか?」
「話には聞いています。長州が誇る天才であるとか・・・」
「晋作はそれを聞き、憤激し、どういうわけかこの4月、上海渡航を決めました」
「しゃ・・・上海?」
「今は藩内をまとめる事だと桂さんと何度も言ったのですが・・・」
「いや、それはええ事じゃ。清がいかに支配されちょるかアシも見たいぜよ」
「・・・ですが、もう長州藩内での一藩勤皇は難しいと思っています」
「ほぉ」
「藩の保守派、俗論党が弊藩を牛耳っております。晋作がいれば武力打開もありえますが・・・」
「な・・・なんちや?」
「今は、亡き松蔭先生に習い、草莽の志士となりて、藩を捨てても勤皇に殉じる覚悟です」
「ふむ。草莽の志士・・・」
「僕から武市さんには文をしたためましょう。まだ暫く長州にいらっしゃるのでしょう」
「数日は・・・。その後、京を一度探索して戻る予定じゃ」
「では、剣の腕でも見せていただきますかな?」

翌日、龍馬は少年に剣を教える事となった。
江戸で桂小五郎を破った腕前というのは長州藩では絶大な知名度になった。
型稽古をして、一番筋のいいものと、手を合わせることとなったのだが。
龍馬はその真摯な目つきにいつの間にかほかの事をぼんやりと考えていた。

・・・草莽の志士となって藩を捨てる・・・

いつだったか。
吉村寅太郎が激して龍馬を尋ねた日があった。
中岡慎太郎も吉村寅太郎も庄屋の身分では藩外に出る許可が中々下りなかった。
あの日、脱藩を思い立った。
武市は藩を動かそうとしちょる・・・。
そして事実、藩がどんどん変わろうともしちょる・・・。
じゃが、アシは、何もしちょらんのと変わらん。
精々、激した仲間をなだめることぐらいしかしていない・・・。

飛んでくる竹刀を弾く。

小竜先生といつか約束したはずだ。
夢の話だという前提でも、夢に向かって走ると。
自分はまだ黒船に乗ったことすらないのだ。
だが、高杉晋作と言う男は上海へ行くという。
このままでいいのか?
自分だけ取り残されているのではないのか?

突きを交わし、ぐっと肩で相手を突き飛ばす。

天皇の妹君とはどのような気持ちなのだろうか。
聞けば、有栖川宮への輿入れが決まっていたのだという。
幕府と朝廷の結びつきこそ、国が強くなるという政治的判断でしかない結婚。
政略結婚で、一度も出た事のない京都を旅立ったのだ。
顔すら知らぬ、時の権力者との結婚なのだ。
さぞかし不安だったに違いない。
中にはただの幕府の延命策に過ぎないと耳元でささやく臣下もいるのだ。


ッパーーーーーーン!!!


見事な少年の面が龍馬に決まる。
一同、シンと静まり返る。
龍馬程の音に聞こえた剣客があっさりと少年に面をとられたのである。
誰もがあっけに取られ、冷や汗をかく。

思わず、
「さ・・・坂本殿は病気の為、本日はめまいなどもあり・・・」と道場の師範が言い始める。
しかし龍馬はハハハと大笑いしてすぐに言う。

「病気じゃねぇぜよ。アシが負けた。それだけじゃ」

・・・そう言いきったのだ。
真っ赤になって下を向け照れる少年に、龍馬は、強い強いと笑いながら言う。

龍馬はむしろこの少年に感謝していたのだ。
どこかすっきりしていなかった。
自分の行動の先が見えなかった。
いや、今も見えないままだが、この先があのパンという衝撃と共に見えた。
腹が据わったのだ。

アシには、アシにしかでけんことがあるはずじゃ。

はっきりと悟ったのだ。
それが何かはわからないまでも。
武市の使いなどをしてる場合ではないとすぐにわかったのだ。
長州藩士たちはあっけにとられている。
これほどの剣豪が、少年に負けて笑っているのだ。

さて。
そう長い時間はない。
藩から貰ったこの時間にまずは世間を知ることじゃ。
アシはアシらしく、気楽でええ。
気楽に、京の町でも見るだけじゃ。
そのうち、時勢が見えてくるはずじゃ。

長州から京都へ。
東に東に歩きながら。
皇女和宮は、急がされたのだという伝聞を思い出した。


皇女和宮、輿入れの日の道で歌ったといわれる。
住み慣れし都路出でてけふいく日 いそぐもつらき東路の旅
posted by 前方公演墳 at 19:42| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 龍馬伝説
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/82402582

この記事へのトラックバック