2008年01月30日

こころからのどけくもあるか野辺ハ猶

こころからのどけくもあるか野辺ハ猶 雪げながらの春風ぞ吹


「アザよ。アシのおらん間、くれぐれもよろしく頼むぜよ」

桜田門外の変後、武市は届出を出して剣術詮議との名目で以蔵を連れて西国に旅立った。
むろん、安政の大獄後の他藩の情勢を調べる為である。
井伊大老暗殺後、不穏な空気が確かに郷士の間で流れていた。
土佐も立ち上がるときぜよと、誰もが口にし始めていたのだ。
多くの郷士が慕う龍馬に武市は後を託したのだった。
託されたはずだったのだ。
最初は龍馬も過激な事を口にする同士を諌めて回っていた。
だが数ヶ月経てばいつの間にか緩んできてしまう。
そうして、井伊大老暗殺から丁度一年目の日、郷士たちと共に盃を交わしたのだ。

事件はその次の日に起きた。

「龍馬さん!寅が・・・寅がやりよった!!」
「なんじゃ、内蔵太、急に大声で・・・」
「寅が・・寅が鬼山田を斬りよった!」
「な・・・なんじゃと!?」
「上士が怒り狂うて集まっちょるいう話じゃ。龍馬さんも加勢に来て欲しいがじゃ」

急ぎ池田寅之進の家に駆けつけると既に多くの郷士が集まりつつある。
門前は全て帯刀した郷士が守っている。
龍馬がつくと、一斉に大将が来たとばかりに全員が声を出す。
龍馬の剣の腕は全員が期待する所だった。
一触即発、まさに、上士対郷士の戦でもせんばかりの意気込みであった。

奥に進むと真っ青な顔をして池田寅之進が目をつぶり正座をしている。
その隣には評判の美少年宇賀喜久馬がガタガタと震えている。
幼馴染の喜久馬の兄、寺田利正が喜久馬をかばうように座っていた。
なんじゃ、なんがあったんじゃ。
龍馬が聞くと、龍馬さん龍馬さんと言いながら二人は泣き始める。
利正が淡々と事件の詳細を話し始めた。

寅の兄、中平忠次郎と宇賀喜久馬が歩いていた際、麻田道場の剣豪、山田広衛に出会ったという。
鬼山田は、美少年喜久馬を見て、酔ったまま男色!男色!と、からかいはじめた。
ついに散々な罵倒に耐え切れず中平が剣を抜くと、鬼山田が斬り殺したという。
喜久馬が寅の元に駆けつけるとそのまま寅は走って仇討ちに向かい、見事、鬼山田と連れを葬ったという。
武士にとって仇討ちは本概だが、相手は上士。
郷士が上士を斬るなど、ここ土佐ではあってはならないことだった。
徹底的な身分差別で悔しい思いを重ねてきた郷士は寅の仇討ちに桜田門外の変を重ねた。
上士何するものぞと、遠く離れた田舎からも続々と郷士が集まりつつあった。
そして龍馬は大将格にいつの間にかなっているのだ。
武市のいない間に、土佐の郷士が怒りを忘れ一つになっている。

そうこうしている間に門の方が騒がしくなった。
泣いている二人に声をかけ、龍馬がゆく。
このまま上士に寅や喜久馬を引き渡せば殺される事はわかっている。
そうはいかんぜよ。アシを慕ってくれた二人をむざむざと殺させるわけにはいかん。
上士を一戦する覚悟でいどまにゃいけんぜよ。
龍馬は腰をすえて門に向かった。

「郷士池田寅之進がここにおるはずじゃ。すぐに引き渡せ!」
「なんをいいゆう。敵討ちは武士の誉れぞ。そんまま渡すわけがなかろう!」
「待て!!アシが話し付けちゃる。」
「坂本さ!」
「おい、おんしゃ、どこの誰じゃ。」
「坂本家部屋住み郷士坂本龍馬じゃ。御前試合で勝った北辰一刀流ちゅうた方がわかるかいの」
「む・・・仔細、聞いちょろう。取調べあるによって、直ぐに池田、宇賀を引き渡すよう・・・」
「まぁ待ちや。引き渡すちゅうなら、証文が欲しいぜよ」
「証文?」
「ほうじゃ。見たぁ、わかるぜよ。もしもん時は、上士と郷士の戦になりよる」
「な・・・貴様・・・」
「わかるじゃろ?アシには全員を止められん。いや、アシ自身も止まらん」
「そうか、それならその覚悟は出来て・・・」

「待たんか!!」

馬に乗って現れた男は、上士、佐々木高行。

「なんちゃぁ、お偉いさんかよ。」
「証文ち、言うたな」
「ほうじゃ、寅も喜久馬も殺さんっちゅう証文じゃ」
「そんなことできるわけがなかろう。取調べの後にわかることじゃ」
「ほじゃ、戦じゃ。」
「おんしゃ、この時勢で上士と郷士で戦するっちゅうことが・・・」
「お家騒動なんぞしたら、土佐藩お家取り潰しっちゅうこともあるじゃろうのぉ」
「そ・・・無礼者!!」
「ええんか?土佐藩の命運と、寅の命運、秤にかけるんじゃな」
「坂本とやら。おんしの言いよることはわかった。アシの話も聞け」
「なんじゃ!」
「戦んなりゃ、お家取り潰しもあるじゃろ。じゃが、血も流れるぜよ」
「覚悟の上じゃ」
「何人もの血が流れる事になるんじゃ。ほじゃったら解決法が一つ、あるじゃろ!」
「寅は渡さん!」
「もう仇討ちをしちゅう、武士の意気地を立て、池田が切腹すれば・・・」
「アホぬかせ!!!」

駆けつける、大石弥太郎。

「坂本!寅が・・・寅が!!」
「な・・・なんじゃ・・・」
「は・・・腹を斬りよった!!」
「なんじゃと!?」

龍馬は佐々木を睨み返し、これでえいじゃろ!首までは渡さんぞと言い残し走る。
奥には、腹を斬り突っ伏した池田寅之進がいる。
寅、寅・・・介錯しちゃる・・・寅!
苦しむ寅之進の介錯をするとやにわに龍馬は刀の下緒をほどき、寅の血に浸す。
「これでいつまでも一緒じゃ。痛かったのぉ・・・すまんかったのぉ・・・寅・・・」
おんおんと郷士たちが泣き崩れる。
そして、一人一人、下げ緒をほどき、血に浸してゆく。

龍馬は初めて友を失った。
しかしこれが初めてであるだけだ。
やがて、次々に友を失っていくのだ。
これが始まりにすぎなかったのだ。

そして、龍馬自身も・・・。



後日、宇賀喜久馬も切腹をする事となった。
介錯は龍馬の幼馴染であり、実の兄でもある寺田利正。
寺田は、美少年で有名だった最愛の弟の首を落とした後、気がふさいでしまったという。
終生、暗い影を引きづったまま、年を重ねていくのだ。

利正の息子、寺田寅彦は、明治の代に夏目漱石の弟子となる。
「我輩は猫である」の登場人物にもモデルとなった人物が出てくる。
大変な物理学者として多くの発明をしながら文芸にもいそしんだ。
だが生涯数多い文芸の中でも土佐の事、父の事を一切文字にしなかった。

ただ一文。
エッセイとして、書いた文章が残るだけである。

安政時代の土佐の高知での話である。
 刃傷(にんじょう)事件に座して、親族立会いの上で詰め腹を切らされた十九歳の少年の祖母になる人が、愁傷の余りに失神しようとした。
 居合わせた人が、あわててその場にあった鉄瓶の湯をその老(ろう)媼(おう)の口に注ぎ込んだ。
 老媼は、その鉄瓶の底をなで回した掌で、自分の顔をやたらとなで回したために、顔じゅう一面に真っ黒い斑点ができた。
 居合わせた人々は、そういう極端な悲惨な事情のもとにも、やはりそれを見て笑ったそうである


時勢が動いたのだ。
安政の大獄以降、春がやってきたはずなのだ。
だが、土佐には未だに強い身分差別が残っている。
土佐郷士には春なんぞ来ないのかもしれない。

龍馬は、何も出来ずに、下げ緒を握り締めた。


こころからのどけくもあるか野辺ハ猶 雪げながらの春風ぞ吹
posted by 前方公演墳 at 19:48| 東京 ????| Comment(1) | TrackBack(0) | 龍馬伝説
この記事へのコメント
こんにちわ!!
ちょっと立ち寄らせてもらいました。
こっちも良ければ見てみてくだだいね!!
   
  http://profile.ameba.jp/runrun989
Posted by みか at 2008年05月07日 19:09
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