むらくもの月にかかりしはれまをは まつは千年のおもひなりけり
帰国したのは龍馬だけではなかった。
次々に留学中だった土佐郷士が帰国してくる。
誰もが一様に歯噛みしている。
天下の一大事になんの働きも出来ないのだ。
それほど、安政の大獄はすごかった。
大名だけではなく、草莽の志士、学者、医師、僧に到るまで徹底的な弾圧を始めたのだ。
怪人長野主膳の探索は九州にまで及んでいるという。四国も例外ではない。
一橋派に与した土佐藩候の郷士となればいつ捕まるかもわからない。
そこから、どんな情報がもれるかもわからない。
あっという間に、帰国命令が郷士達に下ったのだ。
藩内でもっとも怒ったのは郷士ではない。
もっとも怒り狂ったのは、土佐藩主山内容堂だった。
その余りにも強引な政治的なやり口。裏に見える謎の怪人長野主膳。
自分の藩主任命に尽力してくれた島津候、老中阿部の急死。
一橋派譜代大名の壊滅的な謹慎処分。
もう動けるのは自分しかないと思い込んでしまった。
殿様は京都と江戸を盛んに往復し、解決に走った。
1月に参政に復帰した吉田東洋は、このままでは殿の身も危ないと、若き藩士たちに軽挙妄動を慎むよう徹底させた。
そうなれば最初に被害を蒙るのは軽格の郷士になるのは致し方のないことだった。
郷士たちの帰国と同時に吉田東洋は江戸に出立する。
お家と率節などの累が及ぶ前に、山内容堂を隠居させる事となったのだ。
龍馬の目の前で二人の男が泣いている。
「坂本さ・・・アシはどうすればええがじゃ。どうすればええがじゃ。」
「坂本、なんとか答えい!答えちゃれ!」
「・・・うん。」
「アシも江戸に行けるち思うちょった。こんままならアシも行けるじゃろ。そう思っちょったんじゃ」
「アシもじゃ。遊学の志を願い出ても、却下される事となった」
「・・・。」
「去年までは誰でん行けそうな空気じゃった。なんでじゃね。なんでアシらは行けん!」
「庄屋じゃからか。上士どころか郷士でもない庄屋じゃからか!」
「ほうじゃねぇぜよ。郷士も皆、帰国させられちゆう」
「わかっちょる。わかっちょるがどうにもならんがか」
「アシら庄屋は、ここ土佐では一領具足の時代から天皇の武士じゃ。武士じゃ!」
吉村虎太郎は泣いている。
中岡光次は怒っている。
遊学願は郷士から順に許されていた。
自分たちもいずれと思っていた矢先に政局が変わってしまったのだ。
庄屋は農家を統べる役職で、郷士とも言えれば、農家とも言えた。
もちろん、名字帯刀を許されているし、自分たちは武士であるという気概がある。
ましてや、かつて長曾我部氏が土佐にいた頃は、一領具足と呼ばれていたのだ。
畠の傍に、刀剣、具足を常に置き、有事の際にはいつでも駆けつけた。
関ヶ原に破れ、山内候が入植して以来、自分たちは天皇直属の武士だという思いがある。
安政の大獄は土佐と言う一地方の草莽の夢をも奪っていったのだ。
「とにかく、今、脱藩するんは、なんの意味もないっちゅうんがアシの考えじゃ」
「ほじゃ、アシはこん天下の一大事に一生、土佐に眠るっちゅうんか!」
「吉村!とにかく、坂本の話を聞いちゃれ」
「じゃが、アシは・・・」
「今はち、アシは言うちょる」
「さ・・・坂本!!」
「もうどうにもならん、国を出れん、時勢が傾いちょる。そん時は国を抜けちゃれ」
「坂本、おんしゃ、軽はずみになんちゅうことを!」
「坂本さ、本気で言うちょるがか」
「ああ、本気じゃ。少なくともアシはそうなったら一緒に出る」
「坂本!!」
「坂本さ・・・!」
「じゃが今はいけん。国を抜けてもすぐに捕まる。捕まらんとしても家名断絶は免れんよ」
「そ・・・そんなことは天下の・・・」
「まぁ、聞いちゃれ。必ず時勢は変わる」
「じゃが、次々に今も志士たちが捕まっちょる!長州の吉田松陰なども・・」
「そうじゃ。そんなことがそのまま続くわけがない」
「なんでそう思う?」
「中岡、吉村、おまさんら、爪先立ちで一日中歩けるがか?」
「なんちゃ?」
「ええから、答え」
「そ・・・そんなこと、やってみにゃわからん」
「ほじゃ、二日、三日、でけるか?」
「じゃから、やってみにゃわからん」
「それと同じじゃ。今の幕府は」
「坂本!おまん、アシらをおちょくっちょるか。こんすてんくらが!」
「まぁまぁ、聞いちゃれ」
「幕府はの、もうとっくに権威が地に落ちちょるよ。それは間違いないんじゃ。
外様大名が政治に意見し、朝廷に伺いを立て、外国に脅されつづけちょる。
なんの身分も持たん浪人風情にも陰口を叩かれちょる始末じゃ。
彦根の殿さんは、幕威を取り戻そうと必死にやっちょる。
じゃがのぉ・・・もう無理じゃ。取り繕うて、処分した所で、無理なんじゃ。
一度、なめられたら、もう無理じゃち。
それをわかっちょらん。
吉田元吉は、わかっちょるから、今は静かに言うちょるんじゃろ。
持たんよ。爪先立ちで背を高く見せたところで、何刻も持つわけがないがじゃ」
吉村はおおおおおと大きな声で泣きはじめる。
中岡は怒っている。
「坂本、アシは武市先生の所に顔を出すキニ。おんしの考えを聞かせてみるぜよ」
「おうおう、かまんよ。こないだも水戸の志士が土佐にきちゅう話をしたばかりじゃ」
「な・・・水戸の志士が・・・」
「一緒に立とう言うちょったが、アホのふりをしたぜよ」
「な・・・なんちゅう・・・」
「武市とも相談の上じゃ。北辰一刀流でアシは水戸に顔が利くキニの」
「それは・・・」
「アギも、アシも。今はじっとしちょろう思うちょる」
「坂本!!」
「なんじゃ、そう怒るな。」
「今度そういうことがあれば、アシも吉村も話しに加え!」
「む!・・・うん、わかったぜよ」
この中岡光次こそ後の中岡慎太郎である。
そして、武市、龍馬、中岡、吉村の四人をして後に土佐四天王と呼ばれることとなる。
暗い雲は晴れないままだ。
武市半平太の句
むらくもの月にかかりしはれまをは まつは千年のおもひなりけり
2008年01月25日
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