えにしらが艦寄するとも何かあらん 大和島根の動くべきかわ
「何を笑っているのですか?」
「仁王が寂しい言うて泣いちょるんじゃ」
縁側で故郷からの手紙を読む龍馬に佐那が話し掛ける。
こんなにおかしそうに手紙を読んでいる男も珍しい。
黒船が来て依頼、男たちはどこか殺気立っていて怖いと思っているのに。
どうもこの男だけは、不思議と冗談を口にしたり笑顔が多い。
要するに、天邪鬼なのだと佐那は思う。
まんざら間違っているわけでもない。
「仁王様から手紙が来たのですか?」
「土佐の姉じゃ。乙女ちゅうなんちゅう名前なんじゃが、これが名前と全然違う」
「どう違うのですか?」
「大女で髪の毛はチリチリ。それだけでも面白いじゃろ」
「坂本様と似ているだけではないですか。仁王様には似ておりませぬ」
「それがの。ハチキンなんじゃ。」
「は・・・ハチキン?」
「土佐で言うところのじゃじゃ馬じゃ。」
「・・・じゃじゃ馬ですか?」
「えらい力が強うての。乗馬もなぎなたも強い。一弦琴なんかもやりよるが武芸のがすごい」
「・・・武芸の強い乙女さんですか」
「それで、近所の音子供が束になってもかなわんき、おに王様ちゅうて名付けられた」
「・・・女子におに王様とはひどうございます。」
「じゃが、乙女っちゅうのは余りにも似合わんじゃろ」
「じゃじゃ馬の乙女でいけないですか?」
「ん??」
龍馬は佐那が怒っている事に気がつく。
姉を侮辱しているつもりはなく親しみを込めて話しているつもりが、どうにもおかしい。
何をそんなに怒っているのか、女心っちゅうのはいよいよわからんのぉ。などと考える。
「わたくし・・・幼名を乙女と申しました」
「ちゃ!?」
「じゃじゃ馬の乙女とよく兄にからかわれたものです」
「さ・・・佐那さんは、乙女っちゅう名前じゃったか?ちゃっちゃっちゃ」
「周りが思っているよりも本人は傷ついているのですよ。」
「いやぁ、知らんこととは言え・・・なんちゅう偶然じゃ。」
「姉上様が可哀想ではありませぬか。文にはなんて書いてあるのです」
千葉佐那は2年前14歳でなぎなたの免許皆伝。
千葉定吉の子供の仲でも武術の才に恵まれえた娘で、剣も強かった。
かつては、姉と同じ乙女という名だったという。
じゃじゃ馬の乙女と、はちきんの乙女。
偶然にしては出来すぎていると龍馬は笑い転げる。
「文には、文に書かれている事以外の事も書かれているものです」
「ふむ、ほじゃの」
「ちゃんと読んで、返事でも書いたらいかがですか?」
「便りのないのが元気の知らせっちゅうじゃろ」
「寂しがっておられるのでしょう?」
「・・・まぁ、珍しいことにの。ほんにどうしたんじゃろか」
手紙には崎の黒船騒動の噂が既に土佐にまで届いていると書かれている。
藩から、品川の臨時警備についたことも知らせ_届いたと書かれている。
お国の為に働けなどと書かれているが一年半の修行による不在をどこか寂しがっている。
思えば、この姉がこのような手紙を送ってくること自体が珍しい。
ましてや、あのおに王様が、ついに結婚するという手紙を貰っていた。
思えば返事などもしていないし、龍馬はもう一度手紙を読み直す。
「ん・・・」
「どうされたのですか?」
「確かにこの手紙は変じゃ。」
「何がおかしいのですか?」
それきり龍馬は口をつぐんでしまう。
この手紙は寂しがっているだけじゃない。何かがおかしい。
父上の事が何も書かれていない。
父からの手紙もそういえば、最近途絶えている。
黒船騒ぎや結婚のことばかりで、早く帰ってきて欲しいしか書かれていない。
父からの金子は同封されていたけれど、書き添えもない。
「ほじゃな。たまには返事を書くぜよ」
すと龍馬は立ち上がり、どこかに行こうとする。
佐那は急に故郷が懐かしくなったのかと思うと同時に返事を書くと素直に言う龍馬に驚く。
自らの文箱をお貸ししますよと、龍馬に持ってくるという。
秋の道場の縁側。龍馬はぼぅっと庭を見ている。
母の顔が龍馬に浮かんだ。
父上は病か何かであるのだろうと直感する。
しかし剣術修行は1年半であり、3月には再び黒船が来航するという。
今、土佐に戻る事は許されていない。
父は心配させぬために、病を隠しているのではないか?
姉に絶対に書くなと言っているのではないか?
姉は、父が病の中、嫁に出る。だから戻ってきて欲しいのだ。
いや、父が、乙女姉と、自分の将来をなんとか固めようとしているフシはずっとあった。
隠居し始めた頃から確かに父はどこかがおかしかった。食が細くなっていたのだ。
龍馬は手紙を書いた。
江戸について半年。
何を書いていいかわからない。
父が隠しているのだから、病のことなど書くことも出来ない。
ただただ、安心させなければと龍馬は手紙を書いた。
春になれば、また、異国船がやってくる。
いくさも近い。
異国人の首を取って、国に帰ります。
龍馬はそう手紙に記す。
後年。龍馬は筆まめな男となる。
現存するだけでも100通以上の手紙が発見されていて、今も、新しい手紙が見つかり続けている。
その現存する手紙で最古の手紙がこの手紙である。
父に、アメリカ船の事を告げ、藩の命令での軽微について大法螺を吹いている。
その手紙にはせつせつと、龍馬は元気だと伝える気持ちが溢れている。
まるで、その手紙が薬となるかのように、書いている。
兄や姉にも手紙を書いたが、その現存する最古の手紙で残っているのは父への便りのみである。
父はこの手紙を大事に保存したのだ。
若き龍馬は再び来航する黒船と戦になるやもしれぬと考えていた。
いや、国中の若者がそれもありうると考えていた。
国に帰りたいという思いを、ぐっとこらえながら。
えにしらが艦寄するとも何かあらん 大和島根の動くべきかわ
