2007年12月12日

かくすればかくなるものと知りながら

かくすればかくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂



「このままでいいのですか?」
やがてその呼びかけは日本中の若者たちを揺るがす事になる。


10日ほど黒船は滞在した。
アメリカ大統領からの親書を受け取れという強引なペリーのやり取りに、将軍が病気で倒れてしまう事も重なって、会見は遅々として進まなかった。
そして来年までの開港への返事を約束してようやく黒船は江戸から去ったのだった。
10日の間、龍馬は他藩の警備なども見た。
早くから開明的であった、水戸藩、薩摩藩、佐賀藩などは、驚くほど沿岸警備に迅速だった。
彦根藩は数や、その装備の豪華さだけは目立ったが、余りにも時代離れしていた。
時代離れといえば、長州藩で、それでいて、妙に殺気立っていた。

道場に戻れば、水戸藩士と黒船の話になる。
勤皇・・・朝廷こそ、日本の中枢・・・という考え方の染み付いた水戸藩士にとって、黒船事件は大きな戦慄を持って迎えられた。
やがて、この勤皇の思想を持つ者の中から、「攘夷」の思想が芽生え始めてくる。
攘夷とはつまり、外国を打ち払うという事に他ならない。
下克上とは行かないまでも、武勲で出世できる世が近いと若者に力が入るのは無理がない。
龍馬は、黒船の存在を見て。
各藩の海防を見て、そして、土佐の海防のレベルを知り、藩に届出を出す。
佐久間象山という大天才の開く西洋砲術の私塾があると聞き、こちらにも通うようになった。
黒船の存在はそれまで地道に稽古してきた剣では文字通り太刀打ちできない現実を姿だけで表していた。

そこに、その男はいた。

「このままでいいのですか?」

声高々に、泣きながらこの男は絶叫する。
佐久間象山に食って掛かる。
この男も天才だという。
10歳にも満たぬ頃から、藩では、山鹿流兵法の教師を勤めたほどの天才だという。
今はまだ23〜4だろうか?

「早晩、大和民族は、隣国清のように占領されかねませぬ」
「その通り。敵を知り、己を知れば百戦危うからずという」
「ごもっとも」
「で、あるからに、西洋砲術を学ばねばならん」
「それだけでは、あきたらぬと私は申しております」
「伊予宇和島でも、薩摩でも、既に、蒸気機関の製作には成功しておる」
「それだけでも、あきたりませぬ。相手の性格を、日常を、考え方を全て学ぶべきです」
「もちろんである。」

吉田寅次郎は、長崎に行くという。
密航する為に、出島に向かうのだそうだ。
密航なのに、まるで気にもしないように唾を飛ばしながら話している。

ナショナリズム。
当時の日本人にはまだなかった。
日本人という観念事態がなかった。
人はみな、藩士であり、旗本だったのだ。

龍馬の頭の中に「大和民族」という言葉が刻まれる。
「このままでいいのですか?」という言葉がこだまする。
あの人は自分の藩を飛び越えて、民族として涙を流していた。

「このままで、ええはずがないがじゃ」

龍馬の中に、「日本人」という言葉が生まれるまだ何年も前の話。



吉田寅次郎こと、のちの吉田松陰が、赤穂浪士に送った詩。

かくすればかくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂

のちに、龍馬はこの詩に返歌を送る事になる。
posted by 前方公演墳 at 21:13| 東京 ??| Comment(0) | TrackBack(0) | 龍馬伝説

太平の眠りを覚ます上喜撰

太平の眠りを覚ます上喜撰 たった四杯で夜も眠れず



ドン、ドン、ドン。
空を叩く音。
まだ眠いよ。
まだ起きたくないよ。
ドン、ドン、ドン。
・・・目覚めろ。目覚めろ。


龍馬が何よりも驚いたのは北辰一刀流が理合を非常にわかりやすく説明する事だった。
剣の道となると、何かと精神修行や、気合や根性など、心の問題が大きくなる。
その点、北辰一刀流は非常に合理的に剣を教えてくれる。
多くの門人を抱える理由がここにあるのだと龍馬は思った。
西国はまだ少なかったが自分のような地方出身者も多かった。
理を教えているから、また、若い門人も強かった。

特に多いのは水戸藩の藩士だった。
水戸の殿様は近年の外国船問題などに非常に開明的で、海岸警備などを早くからしている。
また、水戸学と呼ばれる水戸黄門から始まった日本外史が盛んで、勤王藩などと呼ばれていた。
当然、武術の奨励が活発で、砲術や剣術に至るまで藩士たちは学びに来ていた。
土佐の山内容堂公よりもずっと早くから開明的だった。

男同士が集まると、当然のように女の話になる。
年上の連中は、女郎屋に出入りもしているようで、若い後輩に色々と教える。
わざわざ剣を学びに来ている藩士は自由になる金も少なく、涎を出すだけである。
桶町の道場ではやはり、千葉佐那はアイドル的な存在だった。
もうすぐ、恋人が出来るぐらいの年齢。
とは言え、師匠の娘ともなれば、夜這いなども出来ない高嶺の花。
剣も強いが、何よりも美しかった。
誰もが、佐那に何か興味を持ってもらえるような事をしたがった。
龍馬は笑って聞き流した。

江戸についてまだ2ヶ月。ようやく道場にも慣れた頃だった。
いつものように、汗を流していただけだった。

ドン、ドン、ドン。

空から地響きのような音がした。
花火の音にも似ている。
まるで、空から誰かが、足踏みをしているような錯覚。

品川沖に現れた四隻の黒船の礼砲の音だった。
鉄の船がアメリカからやってきた。
300年の長きに渡る鎖国政策をとってきた日本の首都というべき江戸に。
直接、蒸気船が乗り込んできた。

すぐに土佐藩邸に命じられ龍馬は品川の警備をする事になる。
江戸中の侍が、品川沖に駆けつける。
その日、古道具屋から鎧が一斉になくなったという。
寺の鐘を並べて、大砲に見せかける藩まであったという。

龍馬ははからずも歴史の変わり目に江戸にいた。

・・・そしてその日、日本の草莽の志士たちが目覚める事となった。
posted by 前方公演墳 at 04:26| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 龍馬伝説