2007年12月27日

月と日のむかしをしのぶみなと川

月と日のむかしをしのぶみなと川 流れて清き菊の下水




駆け足で東海道を下ると思ったよりも早く大阪に着いた。
そのまま大阪港を一度通過して兵庫まで向かう。
予定していた路銀も多く残っていた。
路銀は無論、坂本家からの仕送りが主だが、その他にも餞別もある。
江戸の土佐藩邸に勤める者の文を預かると僅かずつだが餞別を貰える。
飛脚はさすがに土佐までとなると高いので何人かで一度に送ってもらう。
それでも土佐に帰る者がいればそちらのほうが安いのである。

千葉道場でも多くの餞別を貰う。
定吉先生はもちろん、年配の師範格からも小遣いを貰った。
道場で一番多い水戸藩士からは全員から多額の餞別を預かることになった。
それは、全員から攝津坂本村に立ち寄って、奉納して欲しいのだという大量の文を預かったからだ。
摂津坂本村は、かつての湊川と呼ばれる地域で、楠正成が戦死した地である。

南北朝時代に、死するとわかって、戦地に赴き、後醍醐天皇の忠臣としてここに眠った楠正成。
水戸藩初代藩主徳川光圀公は、全国を回り大日本史の編纂をする。
その中でも最大の忠臣こそ、楠正成だった。
水戸光圀は、この地に碑文を立ててさえいる。
幕末期の勤皇運動は水戸学と呼ばれる日本外史から派生した歴史学でもある。
南朝を政党とし、南朝のために殉職した忠臣楠正成は、まさに武士の鏡とされた。
宗教的にまで、楠正成は尊敬されていた。
幕末の志士であれば誰もが立ち寄る地が、湊川だった。
近年の勤皇思想で盛り上がり去年より命日の5月25日には楠公祭が開かれている。
龍馬が江戸を立つ日が丁度その頃で、水戸藩士と共に詠唱したばかりである。
もう6月に入っていて、楠公祭には間に合わなかったが、ここに寄るために龍馬は走ってきたのだ。
龍馬も深く楠公に心酔していたのだ。坂本村という名前にも何か運命を感じた。
もちろん龍馬はまだここから程近い神戸村と深い縁を結ぶ事になるなんて思っていない。

まだ東西の行き来は武士にとってそこまで活発ではなかった。
龍馬は多くの同士の文や句を、光圀公の碑文に向かって読み上げ手を合わせる。
江戸の初期は南朝崇拝は厳しく禁じられていたという。
それは、足利幕府への反乱だったからだ。
「倒幕」という言葉が生まれたのは南北朝時代だったのだ。
徳川家は、天皇家を恐れ、権力を可能な限り奪い、自ら守護している。
二度と倒幕などは出来ない状態にしてあった。
南朝崇拝はある意味、幕府にとっては危険思想だったのだ。
しかし時の副将軍水戸光圀公が日本の歴史をまとめたのをきっかけに、持ち上がってしまう。
徳川家自らが、反対と賛成をしていたようなものである。

ふと、龍馬が見上げるとそこに光圀公が立っている。
水戸藩士に何度となく見せてもらった絵にそっくりな老子である。
こんな事があるのかと何度瞬きをしても、そこにその人は立っていた。

「関心です。わざわざ手を合わせに立ち寄るとは」
「水戸の藩士にも頼まれたきに、アシももう国を離れる事がでけるかわからんきに」
「十日ほど前の楠公祭でも多くの志士が集まりました」
「ほうじゃろうのぉ。アシも、一番尊敬しちょる御仁じゃ」
「わたしは、武士の方々がどこか羨ましいのです。皆、すめらぎに殉じる事が出来る」
「それは誰にでもでけるじゃろ。全ての民の大元が天皇様と聞いちょるよ」
「わたしは神官です。いつか、君の言う通り、殉じてみたいものです」
「アシは死にとうない思っちょるよ。生きて奉公するのが一番じゃきに」
「それもまた結構」
「ほじゃけど、楠公は、どんな気分で湊川まで来たんじゃろうのぉ」

光圀公はにっこりと笑う。
勤皇思想を作った張本人。

「これからこの国は大きく変わらなければいけない。
 藩同士の関係だけではなく、異国との外交が本格的に始まろうとしている。
 幕府は朝廷の勅許を得ぬまま異国と条約を結んだ。
 全国の志士が、幕府への不信感をはっきりと抱くようになった。
 今こそ、すめらぎの元、この国は大和民族は一つにならなければなるまいて。
 既に、京だけでなく全国各地に勤皇の芽が芽吹いている。
 大きく時代が変わろうとしている。
 楠公に手向ける者もこれから多くなるじゃろう。
 どうか君もこの国のために志を高く持ってください。
 異国によるアジア侵略は既に清まで及んでいる。
 神代の頃から続くこの国を、今楠公となりて、守ってください。
 神官であるわたしには、志士に伝える事しかできない」

龍馬は何か恐ろしいモノを見ているような気分だ。
光圀公が目の前に現れて、国の為に死んでくれと言っているような気がしてならない。
そしてその言葉に感動して、自ら死に向かう志士が増えるであろう予感もあった。
水戸藩士は今すぐにでもこの国の為に命を投げ出しかねない顔をしていた。
光圀公・・・。
龍馬はふと呟く。
老子は笑い、名を告げる。

真木保臣。・・・のちに真紀和泉。
蛤御門の変で、長州軍を引き連れ、天王山にて囲まれ見事に自害する神官である。

見上げると楠正成公の家紋が旗にたなびいている。
菊花に川の紋。
やがてこの家紋を元に錦の御旗が作られるなど想像すら出来ない。


龍馬が好きな楠正成は、死に向かった事ではない。
最後まで堂々と清くあった事だった。
そのことを告げる事を龍馬はできなかった。



湊川にて

月と日のむかしをしのぶみなと川 流れて清き菊の下水
 
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2007年12月26日

さてもよににつつもあるか大井川


さてもよににつつもあるか大井川 くだすいかだのはやきとしつき 




龍馬は走っていた。
土佐までの道程は東海道を選ぶ。
父が病ではないかと言う疑いもあるけれど、それよりも予定よりも早く進んで寄りたい所があった。
全速力で駆ければ息が上がってしまうので、早足よりも少し早いぐらいで走る。
梅雨がやってくる前に到着したいという思いもあった。
そして何よりも江戸で起きた様々な事を頭で考えてしまう自分を振り切りたかった。
もちろん、その後、何度も何度も走る事になるなんて知らない。

東海道の難所といえば箱根の関。
厳しい坂道が続いたが、そこすらも走り抜ける。
日根野の道場でも、桶町の道場でも、走る事は常々してきている。
車もない時代だから当然健脚だったが、道場に通う事は兵法を習う事だ。
兵法では当然、駆け足についての教えもあるのだ。
武士は腰に大小をさしているから体のバランスが崩れる。
それでも駆けられる体重移動方などは既に龍馬は見につけていた。
体幹をひねらないで、左の手と足を同時に出しながらの走法だ。

だが、龍馬にもどうにもならない場所がある。
それが掛川の大井川だった。
大井川には橋もなく、渡し舟すらもないのだ。
譜代の駿河城の外堀という位置にある大井川は、江戸幕府開闢以来、橋も舟も禁止されていた。
旅人は、腰高まである川に直接入って渡るか、人足の肩車や、馬、輿でしか渡れなかったのだ。

大井川には長い歴史がある。
氾濫を繰り返し、時には流路を変更してきた。
徳川家とかつての武田家の紛争は流路変更に伴う領地争いであったとも言われる。
それに土佐山内家を開いた山内一豊は、かつて掛川藩主だったのだ。
掛川藩主だった際に、氾濫防止、駿河城守備の為の流路変更を人工的にしたという。
その際に出来た旧路を堰き止めた堤は、今も、一豊堤と呼ばれ残っている。
土佐とも関係のある場所だった。
走りながらも龍馬は、大井川をいかに越えるか考え続けてきた。

しかし、どういう事だろう?
渡しの筏がそこに待っている。
行きにはなかったはずのご禁制の舟ではないか。

「どうなっちょる?」
「渡しのイカダでさぁ」
「ご禁制じゃなかったがか?」
「ま、ご禁制っちゃぁ、ご禁制だな。」
「罰せられるぜよ」
「まぁ、でも、丸太を組んでるだけの筏よ」
「何も言ってこんのかよ?」
「目明しなんかには筋を通してるからよ。今の所は平気だな。」
「ほうかよ・・・」
「実際、旗本なんかも京に向かうことが多くなってきてね。乗ってるぐれえさ」

黒船騒動は実際土佐にまで伝わっているぐらいだ。
その間、龍馬は江戸から一歩も出ていない。
だから、むしろ何もわからなかったのかもしれない。
一発の弾も撃ち込むことないまま、外国と条約を結んだ幕府の権威は予想以上に落ちている。
そういう事なのかもしれない。
江戸こそ最新の情報が集まる場所だと思っていたが、江戸は江戸で田舎なのだ。
ましてや、東海道筋は全て、天領や譜代の大名で固められているのだ。
そこでもどこかたがが緩み始めている。
江戸にいれば幕府は絶対だとどうしても思ってしまう。
いや、土佐にいたって数年前まではそれが当たり前だったのだ。

筏に乗り込み、川を渡る。
行きはあんなに苦労した大井川も、筏ならあっという間である。
ふと、掛川にいた頃の山内家を思う。
たった7万石の大名が、関ヶ原で大きな武勲を立てたわけでもないのに土佐24万石に加増した。
徳川家に報いる為の灌漑工事だけでなく、土佐旧長宗我部家臣を抑える事になった。
それが長い時間をかけて土佐の複雑な身分差別を作り上げている。
ふと、土佐に帰るのが厭になる。
田舎なだけではない。時代に大きく遅れている。
今でも、徹底した300年前の身分差別が続いているのだ。
世の中は変わりつつあるというのに。

山内家が流路変更し、徳川家が禁制を敷いた大井川で筏に乗っている。
濡れずに川を渡っている。

向こう岸はすぐ目の前だった。


先日申てあげたかしらん世の中の事をよめる 

さてもよににつつもあるか大井川 くだすいかだのはやきとしつき 
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2007年12月19日

雨にほころぶ初山桜

雨にほころぶ初山桜 咲いた心が知らせたい 



竹刀剣法などと馬鹿にするものもいるが目録まで行けば竹刀だけではなくなる。
竹刀は円柱形だから歯がない。
歯がなければ、叩く動作を覚えても斬る動作までは身につくことがない。
基本的な構えや、動作を竹刀で覚えても、歯を立てることや、突く事などはその先になる。
1年半の剣術修行期間を終えようとする龍馬は昇段試験で木刀まで進んでいた。
木刀には、歯も切っ先もミネもある。
これまでとは違った型などの伝授が必要になる。

もちろん、木刀で終わるわけではない。
木刀の次に今度は歯引きした鉄刀が待っている。
抜刀納刀などは、鞘がないと出来ない。
その次にようやく本身になる。
既に日根野の道場で真剣まで進んでいたものの、1年半では木刀がせいぜいだ。
ようやく基本の動作を覚え、歯を立てる段階に進んだ。

無論、木刀であれば、竹刀より危険度が増す。
当たれば大怪我する事も珍しくないし、時には命を落とす危険性もあった。
また、当たり前だが、竹刀よりもずっと重い。
だから、熱心な者ほど毎朝、木刀を素振りする。
龍馬も既に木刀の重さなどには慣れていた。
既に通っていないような有段者の見守る中、龍馬は昇段試験を受けていた。
もう土佐に帰る。
父に少しでも良い報告をしておきたいのだ。

清河と言う有段者が、次々に型を指定する。
「水鳥!」
「柳!」
かけられる言葉に応じて龍馬は構えを移動する。
型通りの動きはどちらかといえば苦手だが、ここを通らないと次に進むことは出来ない。
「やめ!」

一通りの型稽古、木刀による演舞、竹刀による対戦。
その後、目録者にだけ伝授される技、構えを教わる。
無論、昇段した者だけである。
龍馬はなんとか小目録までを手にする。
1年半の剣術修行としては上出来だと思う。
正座をして師範代に深々と礼をする。
この礼の段階で昇段を取り消された者も過去にはいたという。
剣の道とは、強さだけを求めていないという事が龍馬にはどこかすがすがしかった。

本格的な梅雨がやってくる前に江戸を立つ。
荷物をまとめ、土佐に帰る準備をする。
土産も買っていかなくてはなるまいが、何にしようかなどと考える。
国の父やお乙女あねさんは元気だろうかと考える。
アギは、武市は、長次郎さんは・・・。
きっと黒船の話を聞きたくて仕方がないだろう仲間の顔が浮かんでくる。
準備をしている龍馬に後ろから話しかける男がある。

「きみは土佐だってね」
「・・・あ、清河さん」
「これから西国か・・・大変だなぁ」
「来る事ができましたきに。帰ることもでけるじゃろ」
「坂本君は、なかなか見込みがあるよ。非常に独特の構えだった」
「はぁ、ちゃんと出来ちょらんかったですか」
「いや、そうじゃない。他のものは型から型の移動がピッと早い」
「ふむ」
「だが、君は、すっとこう、自然に型に移っていく。余計な力が入っていない」
「はい。そのほうがええと思うちょります」
「うん。常に相手の打ち込みを想定していたのは君だけだ」
「ありがとうございます」
「僕もね、いずれは行くよ」
「へ?」
「西にさ。九州まで行こうと思う。」
「九州ですかいのぉ」
「時代は変わりつつある。黒船騒ぎでつくづく僕は思った」
「はい。アシもそう思いましたキニ」
「誰もが戦になると思っていたのに幕府はあっけなく降参をした。」
「はい。」
「西じゃまだ何も知らない草莽の志士たちがたくさんいるだろう。遊説するつもりだ。」
「はぁ・・・」
「土佐にも行くかもしれん。その時は手紙を送るから連絡先でも教えてくれ」

開明な山内公を抱える大藩土佐は、どこか若い侍に期待されていた。
最近、こんな誘いが多いのだ。
龍馬はそんな時、どこか自分は何もわからないアホのような顔をするようになっていた。
なんというか、どこかその熱気が気恥ずかしく感じる事があったからだ。

龍馬は千葉先生、家族に別れを告げ、土佐へと旅立つ。
小雨の中、山を見れば、山桜。雨に散りかけている。
花は咲けば散るまでの命。見てもらわなければ花など咲かなかったと同じ事。
大方、清河さんも、自分の考えを人に聞かせたくてしょうがないのだろうなどと思う。
土佐に帰れば帰ったで、黒船について自分の考えなどを聞かれるのかな?とふと思う。
まだ何も考えなどない。
いや。なくはない。
あるのかもしれない。
どこか、ぼんやりとしたものが。
でも、まだ言葉には出来ない。
土佐に帰ればはっきりするのだろうか?
清河さんは、黒船騒ぎから何かを見つけた。
あの吉田寅次郎もそうだった。
自分は鈍感なのかもしれない。

花も咲かせずに散るのかもしれない。



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2007年12月18日

世と共にうつれば曇る春の夜を

世と共にうつれば曇る春の夜を 朧月とも人は言うなれ



「つまらんやつらじゃ」

再び黒船が来航する。
品川警備を命じられた土佐藩の命令で龍馬も警備に入っていた。
どの藩の兵も一戦を覚悟している。
上陸するのはどこなのか誰もが見ている。
幕府は、力士に米俵を運ばせたりして、この国を侮るなと見せ付けている。
強引な開国要求を撥ね付けると誰もが思っている。
天皇からの勅許も出ていないのだ。
だとすれば、戦となるのは間違いがないだろう。
一際、警備についている中でも偉そうな態度をとっている連中がいた。
畑本たちの偉そうな態度だけではなく、どうも他藩のようだ。
土佐藩の上役にも何か偉そうな態度をとっているのが目に写る。

「なんじゃぁ、あいつらは」
「紀州だよ」
「ん?」
「徳川御三家って奴さ」
「今度の殿様は紀州から出るっちゅうてたのぉ」
「ほぉじゃ、ほんで、最近、えろうなっちょる」
「それにしても、なんちゃぁ、たまらん」
「ほじゃな。まぁ、政治に勝ったキニ」
「政治??なんの話じゃ?」
「徳川はわれちょる。紀州派と一橋派にわかれちょっての。」
「ほぉ。」
「どうやら、紀州派が勝ったようじゃ」
「外国が攻めてくるッちゅう時に内輪もめしちょったがか・・・」
「ほうじゃ。まったくアホばかりじゃ」
「ん?」
「なんじゃ?」
「なんでおまさん、そんな事までしっちょる??」
「一応、アシも幕臣じゃき。」
「何をいいゆう。土佐弁丸出しじゃぁないかよ。」
「本当じゃ」
「ん?」
「なんじゃ??」
「おまさん・・・誰じゃね??」
「ア・・・アシを知らんのかよ??」

知るも知らないも幕臣に知り合いなどいない。
それともよっぽど有名な人なんだろうか??

「アシは剣術に夢中ですき、何もよう知らん。すまんのぉ・・・」
「アシは、中浜万次郎ゆうもんじゃ。ジョン・万次郎のが有名じゃがの」
「ちゃ!おお!しっちょる!アシが江戸にくる一年前になんちゃ変な格好して歩いちょった」
「ほうじゃ。パレイドをしたんじゃ。ありゃあ、カウボイの服じゃ」
「なんじゃ、まげなんぞ結っちょると、やっぱ土佐者じゃのぉ」

土佐の猟師たちが漂流し、アメリカの捕鯨船に救出された。
最年少だった万次郎少年は、アメリカ本土に渡り、砂金を掘り、その金で日本まで戻ってきたという。
鎖国を破った重罪で死罪も検討されたが、最近の異国船や外国情報もありまぬがれる。
開明的な土佐藩主山内容堂公は猟師という低い身分から武士に取り立てたのだという。
山内公はアメリカの事情を本に書かせ出版し他藩にも自慢をしたそうだ。
結果的に、先の黒船騒ぎで幕臣に取り立てられ、中浜姓を与えられたのだという。

「ん?じゃが、万次郎さんは通訳じゃち、聞いてたぞい」
「それがの、紀州なんじゃ」
「なんじゃ?紀州??」
「どうもアシの事をアメリカの密偵じゃいうもんがあらわれてのぉ。お役ご免ちゅうわけじゃ」
「じゃが、アメリカの言葉をたくさん話せるほうがええじゃろ」
「もう、ええんじゃと」
「どういうことじゃ?」
「これはまだ言うたらいけんぜよ」
「なんじゃ?」
「紀州派はアメリカと条約を結ぶ。開国に踏み切るそうじゃ。」
「な・・・」
「あの紀州の連中は戦にならんのを知っちょってえらぶっちょるのよ。」
「じゃが・・・そんな・・・」
「幕府なんちゅーても、幕をひっくり返せば色々おるんじゃ」

万次郎は何時の間にか名も知らぬ若者に次々と話をしてしまう。
秘密を守るであろう誠実な顔だけじゃなく、いちいち大きく反応してくれる。
どうにも、人から話を聞きだす能力があるとしか思えない男が不思議だった。

「じゃがの。アシは開国はええ思うちょるよ。
 アメリカと今、戦しても、勝てん。
 まぁ、アメリカも陸軍を日本まで運ぶ余力はないじゃろうし、船だけじゃ占領はでけん。
 内戦をしちょるからの。本当はギリギリなはずじゃ。
 じゃが、もう開国せにゃならんよ。黒船一つでここまでこん国は大騒ぎじゃ
 ほじゃったら、アメリカのええ所をこの機会に学べばいいんじゃ
 じゃが、心配じゃのぉ。どんな条約になるんか。
 幕府のもんは、なんだか、よぉ顔が見えん。ふわふわしちゅう。おぼろじゃ。
 政治闘争ばかりで自分の保身ばかりじゃ。殿様同志で話しおうてほんにええのか。
 どうなるかのぉ・・・。
 アメリカは随分、違ったぜよ。民衆がもっと自由にしちょった。
 つまらんやつらじゃ。自分さえ良ければええような馬鹿ばかりじゃ」

安政元年3月3日。
日本は日米通商条約を結ぶ。
それは不平等な条約だった。
ここから、インフレが起きて、民衆は苦労するようになる。
全ては開国をしたからだと、幕府に非難が集中していくのだ。
開国に反対だった朝廷の下に草莽の志士たちが集まる土壌を幕府は自ら築いた。
それは、この条約の内容一つでいくらでも変わった事だ。
通訳が万次郎だったら変わっていたのかもしれない。

龍馬の修行期間も残りわずかとなっていた。
折角の春の夜なのに。
雲が出ている。
戦をするといきまいていたあの若い武士たちの思いはどこにいくのだろう?
これからこの国に何が起きるのだろう?
雲に隠れる空に龍馬は思う。


世と共にうつれば曇る春の夜を 朧月とも人は言うなれ
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2007年12月13日

えにしらが艦寄するとも何かあらん

えにしらが艦寄するとも何かあらん 大和島根の動くべきかわ



「何を笑っているのですか?」
「仁王が寂しい言うて泣いちょるんじゃ」

縁側で故郷からの手紙を読む龍馬に佐那が話し掛ける。
こんなにおかしそうに手紙を読んでいる男も珍しい。
黒船が来て依頼、男たちはどこか殺気立っていて怖いと思っているのに。
どうもこの男だけは、不思議と冗談を口にしたり笑顔が多い。
要するに、天邪鬼なのだと佐那は思う。
まんざら間違っているわけでもない。

「仁王様から手紙が来たのですか?」
「土佐の姉じゃ。乙女ちゅうなんちゅう名前なんじゃが、これが名前と全然違う」
「どう違うのですか?」
「大女で髪の毛はチリチリ。それだけでも面白いじゃろ」
「坂本様と似ているだけではないですか。仁王様には似ておりませぬ」
「それがの。ハチキンなんじゃ。」
「は・・・ハチキン?」
「土佐で言うところのじゃじゃ馬じゃ。」
「・・・じゃじゃ馬ですか?」
「えらい力が強うての。乗馬もなぎなたも強い。一弦琴なんかもやりよるが武芸のがすごい」
「・・・武芸の強い乙女さんですか」
「それで、近所の音子供が束になってもかなわんき、おに王様ちゅうて名付けられた」
「・・・女子におに王様とはひどうございます。」
「じゃが、乙女っちゅうのは余りにも似合わんじゃろ」
「じゃじゃ馬の乙女でいけないですか?」
「ん??」

龍馬は佐那が怒っている事に気がつく。
姉を侮辱しているつもりはなく親しみを込めて話しているつもりが、どうにもおかしい。
何をそんなに怒っているのか、女心っちゅうのはいよいよわからんのぉ。などと考える。

「わたくし・・・幼名を乙女と申しました」
「ちゃ!?」
「じゃじゃ馬の乙女とよく兄にからかわれたものです」
「さ・・・佐那さんは、乙女っちゅう名前じゃったか?ちゃっちゃっちゃ」
「周りが思っているよりも本人は傷ついているのですよ。」
「いやぁ、知らんこととは言え・・・なんちゅう偶然じゃ。」
「姉上様が可哀想ではありませぬか。文にはなんて書いてあるのです」

千葉佐那は2年前14歳でなぎなたの免許皆伝。
千葉定吉の子供の仲でも武術の才に恵まれえた娘で、剣も強かった。
かつては、姉と同じ乙女という名だったという。
じゃじゃ馬の乙女と、はちきんの乙女。
偶然にしては出来すぎていると龍馬は笑い転げる。

「文には、文に書かれている事以外の事も書かれているものです」
「ふむ、ほじゃの」
「ちゃんと読んで、返事でも書いたらいかがですか?」
「便りのないのが元気の知らせっちゅうじゃろ」
「寂しがっておられるのでしょう?」
「・・・まぁ、珍しいことにの。ほんにどうしたんじゃろか」

手紙には崎の黒船騒動の噂が既に土佐にまで届いていると書かれている。
藩から、品川の臨時警備についたことも知らせ_届いたと書かれている。
お国の為に働けなどと書かれているが一年半の修行による不在をどこか寂しがっている。
思えば、この姉がこのような手紙を送ってくること自体が珍しい。
ましてや、あのおに王様が、ついに結婚するという手紙を貰っていた。
思えば返事などもしていないし、龍馬はもう一度手紙を読み直す。

「ん・・・」
「どうされたのですか?」
「確かにこの手紙は変じゃ。」
「何がおかしいのですか?」

それきり龍馬は口をつぐんでしまう。
この手紙は寂しがっているだけじゃない。何かがおかしい。
父上の事が何も書かれていない。
父からの手紙もそういえば、最近途絶えている。
黒船騒ぎや結婚のことばかりで、早く帰ってきて欲しいしか書かれていない。
父からの金子は同封されていたけれど、書き添えもない。

「ほじゃな。たまには返事を書くぜよ」

すと龍馬は立ち上がり、どこかに行こうとする。
佐那は急に故郷が懐かしくなったのかと思うと同時に返事を書くと素直に言う龍馬に驚く。
自らの文箱をお貸ししますよと、龍馬に持ってくるという。
秋の道場の縁側。龍馬はぼぅっと庭を見ている。

母の顔が龍馬に浮かんだ。
父上は病か何かであるのだろうと直感する。
しかし剣術修行は1年半であり、3月には再び黒船が来航するという。
今、土佐に戻る事は許されていない。
父は心配させぬために、病を隠しているのではないか?
姉に絶対に書くなと言っているのではないか?
姉は、父が病の中、嫁に出る。だから戻ってきて欲しいのだ。
いや、父が、乙女姉と、自分の将来をなんとか固めようとしているフシはずっとあった。
隠居し始めた頃から確かに父はどこかがおかしかった。食が細くなっていたのだ。

龍馬は手紙を書いた。
江戸について半年。
何を書いていいかわからない。
父が隠しているのだから、病のことなど書くことも出来ない。
ただただ、安心させなければと龍馬は手紙を書いた。

春になれば、また、異国船がやってくる。
いくさも近い。
異国人の首を取って、国に帰ります。

龍馬はそう手紙に記す。


後年。龍馬は筆まめな男となる。
現存するだけでも100通以上の手紙が発見されていて、今も、新しい手紙が見つかり続けている。
その現存する手紙で最古の手紙がこの手紙である。
父に、アメリカ船の事を告げ、藩の命令での軽微について大法螺を吹いている。
その手紙にはせつせつと、龍馬は元気だと伝える気持ちが溢れている。
まるで、その手紙が薬となるかのように、書いている。
兄や姉にも手紙を書いたが、その現存する最古の手紙で残っているのは父への便りのみである。
父はこの手紙を大事に保存したのだ。



若き龍馬は再び来航する黒船と戦になるやもしれぬと考えていた。
いや、国中の若者がそれもありうると考えていた。
国に帰りたいという思いを、ぐっとこらえながら。

えにしらが艦寄するとも何かあらん 大和島根の動くべきかわ
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2007年12月12日

かくすればかくなるものと知りながら

かくすればかくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂



「このままでいいのですか?」
やがてその呼びかけは日本中の若者たちを揺るがす事になる。


10日ほど黒船は滞在した。
アメリカ大統領からの親書を受け取れという強引なペリーのやり取りに、将軍が病気で倒れてしまう事も重なって、会見は遅々として進まなかった。
そして来年までの開港への返事を約束してようやく黒船は江戸から去ったのだった。
10日の間、龍馬は他藩の警備なども見た。
早くから開明的であった、水戸藩、薩摩藩、佐賀藩などは、驚くほど沿岸警備に迅速だった。
彦根藩は数や、その装備の豪華さだけは目立ったが、余りにも時代離れしていた。
時代離れといえば、長州藩で、それでいて、妙に殺気立っていた。

道場に戻れば、水戸藩士と黒船の話になる。
勤皇・・・朝廷こそ、日本の中枢・・・という考え方の染み付いた水戸藩士にとって、黒船事件は大きな戦慄を持って迎えられた。
やがて、この勤皇の思想を持つ者の中から、「攘夷」の思想が芽生え始めてくる。
攘夷とはつまり、外国を打ち払うという事に他ならない。
下克上とは行かないまでも、武勲で出世できる世が近いと若者に力が入るのは無理がない。
龍馬は、黒船の存在を見て。
各藩の海防を見て、そして、土佐の海防のレベルを知り、藩に届出を出す。
佐久間象山という大天才の開く西洋砲術の私塾があると聞き、こちらにも通うようになった。
黒船の存在はそれまで地道に稽古してきた剣では文字通り太刀打ちできない現実を姿だけで表していた。

そこに、その男はいた。

「このままでいいのですか?」

声高々に、泣きながらこの男は絶叫する。
佐久間象山に食って掛かる。
この男も天才だという。
10歳にも満たぬ頃から、藩では、山鹿流兵法の教師を勤めたほどの天才だという。
今はまだ23〜4だろうか?

「早晩、大和民族は、隣国清のように占領されかねませぬ」
「その通り。敵を知り、己を知れば百戦危うからずという」
「ごもっとも」
「で、あるからに、西洋砲術を学ばねばならん」
「それだけでは、あきたらぬと私は申しております」
「伊予宇和島でも、薩摩でも、既に、蒸気機関の製作には成功しておる」
「それだけでも、あきたりませぬ。相手の性格を、日常を、考え方を全て学ぶべきです」
「もちろんである。」

吉田寅次郎は、長崎に行くという。
密航する為に、出島に向かうのだそうだ。
密航なのに、まるで気にもしないように唾を飛ばしながら話している。

ナショナリズム。
当時の日本人にはまだなかった。
日本人という観念事態がなかった。
人はみな、藩士であり、旗本だったのだ。

龍馬の頭の中に「大和民族」という言葉が刻まれる。
「このままでいいのですか?」という言葉がこだまする。
あの人は自分の藩を飛び越えて、民族として涙を流していた。

「このままで、ええはずがないがじゃ」

龍馬の中に、「日本人」という言葉が生まれるまだ何年も前の話。



吉田寅次郎こと、のちの吉田松陰が、赤穂浪士に送った詩。

かくすればかくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂

のちに、龍馬はこの詩に返歌を送る事になる。
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太平の眠りを覚ます上喜撰

太平の眠りを覚ます上喜撰 たった四杯で夜も眠れず



ドン、ドン、ドン。
空を叩く音。
まだ眠いよ。
まだ起きたくないよ。
ドン、ドン、ドン。
・・・目覚めろ。目覚めろ。


龍馬が何よりも驚いたのは北辰一刀流が理合を非常にわかりやすく説明する事だった。
剣の道となると、何かと精神修行や、気合や根性など、心の問題が大きくなる。
その点、北辰一刀流は非常に合理的に剣を教えてくれる。
多くの門人を抱える理由がここにあるのだと龍馬は思った。
西国はまだ少なかったが自分のような地方出身者も多かった。
理を教えているから、また、若い門人も強かった。

特に多いのは水戸藩の藩士だった。
水戸の殿様は近年の外国船問題などに非常に開明的で、海岸警備などを早くからしている。
また、水戸学と呼ばれる水戸黄門から始まった日本外史が盛んで、勤王藩などと呼ばれていた。
当然、武術の奨励が活発で、砲術や剣術に至るまで藩士たちは学びに来ていた。
土佐の山内容堂公よりもずっと早くから開明的だった。

男同士が集まると、当然のように女の話になる。
年上の連中は、女郎屋に出入りもしているようで、若い後輩に色々と教える。
わざわざ剣を学びに来ている藩士は自由になる金も少なく、涎を出すだけである。
桶町の道場ではやはり、千葉佐那はアイドル的な存在だった。
もうすぐ、恋人が出来るぐらいの年齢。
とは言え、師匠の娘ともなれば、夜這いなども出来ない高嶺の花。
剣も強いが、何よりも美しかった。
誰もが、佐那に何か興味を持ってもらえるような事をしたがった。
龍馬は笑って聞き流した。

江戸についてまだ2ヶ月。ようやく道場にも慣れた頃だった。
いつものように、汗を流していただけだった。

ドン、ドン、ドン。

空から地響きのような音がした。
花火の音にも似ている。
まるで、空から誰かが、足踏みをしているような錯覚。

品川沖に現れた四隻の黒船の礼砲の音だった。
鉄の船がアメリカからやってきた。
300年の長きに渡る鎖国政策をとってきた日本の首都というべき江戸に。
直接、蒸気船が乗り込んできた。

すぐに土佐藩邸に命じられ龍馬は品川の警備をする事になる。
江戸中の侍が、品川沖に駆けつける。
その日、古道具屋から鎧が一斉になくなったという。
寺の鐘を並べて、大砲に見せかける藩まであったという。

龍馬ははからずも歴史の変わり目に江戸にいた。

・・・そしてその日、日本の草莽の志士たちが目覚める事となった。
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2007年12月09日

丸くとも一かどあれや人心

丸くとも一かどあれや人心 あまりまろきはころびやすきぞ 


「龍馬、おまん、面白い男じゃ。今度会うときはもう勝てんかもしれん。」
「溝淵さんにはよう世話になったきに。もっと強うなります。」
「いや、まぁ、強いだけじゃのぉて、なんちゃぁ、でかくなる。」
「でかくなる?」
「ほうじゃ、おまん、これからもっとでかくなるぜよ。」
「これ以上はいらん。目立って仕方がないキニ」
「そういう意味じゃねぇぜよ。誰とでも仲良くなって、なんちゅうか、すごい男になる」
「どんなにすごい男になっても溝淵さんには一生頭が上がらんじゃろ」

当たり前のように龍馬はにこにこと笑って溝淵に別れを告げる。
別にまたすぐにでも会うのだ。
それよりも早く千葉道場へと向かいたかった。
小田原を過ぎた辺りから人の量がまるで変わってきていた。
大阪も凄かったけれど、江戸は更に何倍もの人がいた。
江戸に近付くほど、宿場町は大きくなって、商人などは露天まで開いている。
年中、祭りをやっているようなものだ。
武家屋敷よりも町人たちの作る江戸という文化に触れたい。
そう思うのが、普通なのかもしれないけれど、龍馬はすぐにでも千葉道場に行きたかった。
これだけの人が集まる場所にどれだけ強い男がいるのか知りたかった。
江戸城を眺めながら龍馬は桶町に真っ直ぐに向かう。

日根野道場の紹介状を持って、千葉先生と面会をする。
既に初老とは言え名の知れた剣客、動きにスキという物がない。
きびきび動くわけではなく、優雅な動きだというのに、まったく見当たらない。
兄の千葉周作先生の方が剣客として有名だけど、定吉先生の方が強いという噂を聞く。
桶町の道場を開くまでは神田の玄武館では道場破りに無配だったという。
龍馬はさすがとほとほと感心してしまう。

「先生、お世話になります」
「んむ。道場には道場の規則がある。それをきちんと先輩に教わるように。」
「はい。あの・・・」
「うん?」
「先生の剣も、そのうち見れるがですか?」
「ええ?ああ、まぁ、そりゃあねぇ」
「わあ・・・」

定吉は感心していた。
自分の名声は天下に轟いている。
無論、年齢には勝てないし、自分よりも強い者だってこの世にはいるだろう。
それでも、剣客として、江戸では片手で数えられるほどの剣客と言われている。
だから、若い剣士は大抵が自分の前に現れると緊張してしまう。
形式通りの挨拶はしても、どうにもこの青年にはそれが見当たらない。いたって自然体である。
青年にありがちながちがちに固まっている感じも、挑むような感じもない。
ただ普通に友人と話しているのか或いは家族と共にいるようなそんな空気を持っている。

伊東と服部という青年に道場を案内される。
道場の規則も伊東という先輩はわかりやすく説明してくれる。
先輩といっても年齢は同じぐらいらしい。
服部という男はただならぬ気配を持っている。強い。それはすぐにわかった。
道場の熱気はすごい。
大勢の青年が竹刀を叩き合わせ、大声で叫んでいる。
伊東が、塾長らしき男の所に行くと、やめの号令で稽古がぴたりと終わる。
全員が止まり、正座をする。

「土佐からはるばる剣術修行にやってこられた坂本龍馬君だ」
「あ、すまんのぉ。稽古を止めることはないきに」
「ん?いや、構わん。自己紹介しなさい。」
「えーと・・・土佐の坂本龍馬いいます。よろしゅう・・・」
「ん?いや、ああ、まぁそうか。」
「はい。」
「小栗和兵法の皆伝を持っているとかも、言いなさい」
「小栗和兵法の皆伝をもっちょるがです」
「12人にしか許されない皆伝なんだろう」
「そ・・・そうだったんですか??」

ここで、ドッと道場内に笑いが起きる。
隣に立つ、千葉重太郎も苦笑している。
龍馬は頭をぽりぽりかくしか出来ない。

「旅の疲れもあるだろう。今日は休んで、明日から稽古に参加するように」
「いやいや、気にせんで下さい。少しでも早く参加したいがです」
「ほう、そうか・・・」
「はい。強い男があつまっちょる。もうたまらん。」
「じゃぁ、自己紹介がてら、小栗流を見せてもらおう」

藤堂という若い剣士が重太郎に呼ばれて立ち上がる。
防具をつけて早速、前に立つ。
何か浮き足立っている。
西国の剣士はこの道場には少ないし、19で皆伝という触れ込みもある。
若い者ほど嫉妬心がある。
ああ、そうかそうかと龍馬なりに感心する。
旅で溝淵と研磨しあって、どれぐらい強くなったのか自分でも知りたかった。
こんな若い猪武者になんだか嬉しくなってしまう。

竹刀を叩きつけてくる。
いなそうと思っていたが想像を越える撃剣。
その重さと年齢がつりあわないことに驚きを覚える。
袈裟、逆袈裟ときて、突きに来る。
こんな突きを受ければ、竹刀とて怪我をしてしまう。
八双に構え、剣先をはじいてもすっと、脇構えに入る。
もう一度突きに来るかと見せかけて、水平に胴を抜きに来る。
龍馬はつと前に出て、軸足を足で刈った。
そのまま倒れる藤堂にすと竹刀を向ける。

「それまで」

竹刀を振らぬまま、柔でなんとかいなすことは出来た。
道場はどよめきがもれる。
溝淵に教わった数々のことを試している自分に苦笑する龍馬。
すると防具をつけたままの小兵が現れる。
道場の中がまた一段とどよめく。
龍馬の前で構えるから、龍馬もそのまま構える。

今度は早い。
こんなに早い剣は見た事がない。
早いだけではなく、理にかなっているから無駄がない。
いや、無駄がないからこそ早いのかもしれない。
剣先だけなら以蔵のほうが早かったのかもしれない。
竹刀で防御するのに手一杯。
柔を仕掛けたくても、そのスキさえ見当たらない。
こんな剣士もいるのかと驚く。
いちかばちかの作戦しかないと大上段に構えたものの、相手はすっと青眼に戻す。
スキをあえて作って誘っても乗ってこない。
真っ向勝負しかないと思い、龍馬は、そのまま面を狙い打ち込みに入る。
今度は道場内に歓声があがる。
龍馬は撃剣だった。体格的に高い位置から繰り出される剣はよく体重にのって重くなる。
速度で適わないなら重さでという計算は間違っていないはずだ。
小兵は防戦一方になった。

「それまで」

定吉先生の声がした。
ぴたりと止まる。
まだどちらも一本を決めていない。
つばぜり合いに持っていって強引に投げをうとうと思っていたので不満が残った。
が、その途端に場内から拍手が起きる。
小兵は面を取る。
驚くことにその小兵は女だった。

「もういいだろう。佐那。」
「父上」
「坂本君。すみません。うちのじゃじゃうまが。」
「父上、剣を振らなかったのです。この人は。それでは試合になりません」
「それで佐那が出て行ったのか?」
「はい。投げを打ったのです。」
「それはすごいじゃないか」

「まぁ、どうせなら皆も聞くように。
 剣を振らずに勝ったというのは剣の理想だよ。
 剣には覚悟が必要だ。
 相手を斬るには、刀の届く距離に行かなくてはならない。
 自分の刀が届く距離はつまり相手の刀が届く距離でもある。
 つまり覚悟が必要なんだ。それはわかるだろう。
 しかし、剣は道具なんだ。手や足よりも前に出せる。
 投げの間合いはしたがって、剣よりもずっと近くなる。
 初めて手を合わす相手の投げの間合いに入ったというのは簡単なことじゃないよ。
 まず斬らずに投げる方策を考えるってのはなかなか出来る事じゃないんだ。
 竹刀での試合で柔を使っちゃいけないなんて規則はこの道場にはないよ。」

そういうと、すと、龍馬の肩に定吉先生が手を置く。
ふと、龍馬が先生の顔を見た途端に、ぐるりと目が回って天井が見える。
投げられたと気付くまで、龍馬は何が起きているのかわからない。

「これが合気。気を合わせると書く。
 相手の体重移動に合わせて関節をひねれば自然に体が飛ぶ。
 剣の理合と原理的にはそう変わらないよ。
 ガツガツと気を立てて竹刀をぶつけ合うのも若いのには悪くないけれどね。
 傷をつけない戦い方も全員、考えることだ
 まぁ、坂本君は心が丸いね。傷つけたくないというのが強すぎる。
 今も佐那に投げをうとうとしていただろう?
 そりゃ、隙になる。男ってのは、一つだけでもいいから角も必要だぞ。」

龍馬は大の字になったままぽかんと口をあけている。
道場生たちはみな、正座をしている。
佐那だけがぶすっとしている。
重太郎はにこにことしている。

アシにはカドをもてるじゃろか?

龍馬は自分の弱点をいきなりつかれたような気がして、嬉しくなった。



丸くとも一かどあれや人心 あまりまろきはころびやすきぞ 
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2007年12月07日

道をおもふただ一筋に丈夫が

道をおもふただ一筋に丈夫が 世をしすくふといのりつついし



「侍にしておくのはもったいないねぇ」
その男はそう言った。


溝渕との江戸への二人旅は何もかもが新鮮だった。
大阪から、名古屋に出て東海道を下っていく。
どの町も土佐とは違う風景、土佐とは違う言葉、土佐とは違う流行。
男二人での旅とはいえ、追いはぎの被害に会うこともあった。
そんな時はいつも、溝渕があっさりと相手の手首をひねって終わってしまう。
宿場町に道場があれば尋ねる。
他流派お断りの道場もあれば、宿場町らしく泊めてくれる道場もあった。
時には、寺の軒先を間借りした事もあった。
道場や寺での宿泊の日は、溝渕に稽古を付けてもらった。
溝渕にはどうしても歯が立たなく、歩いている間もどうやれば勝てるのかじっと考えた。

「龍馬、ほれ、見ちゃれ。」
「・・・ああ!!!」
「遠くからとは違うじゃろ。」
「なんじゃぁ・・・まっこと、でかいぜよ・・・なんじゃぁ・・・」
「ほうじゃ。日本一じゃきにの」
「綺麗じゃ・・・でかいだけじゃねぇぜよ・・・なんちゅうか、すごい力じゃ!」
「東海道五十三次でしか観た事なかったじゃろ」

目の前に日本一の富士山があった。
遠くからも見えていたし、話には聞いていたし、5年前に亡くなった葛飾北斎の絵も知っていた。
それでも実際に目の前に見る富士はまったく予想を超えていた。
圧倒的な迫力はそのまま龍馬に迫る。

「でかい!でかいぜよ!!富士!!日本一じゃ!!」

龍馬は大きな声で叫ぶ。
東海道を歩く人が笑う。
溝渕は、これ・・・といさめながら顔を真っ赤にしている。
龍馬は、気にも留めずに大きな声で感動そのままに叫ぶ。


「おい、うるせぇなぁ。なんだい、お前さん」

顔に大きな傷。落とし差にした脇差、袖から見える刺青、旅笠。
渡世人そのままの大きな男が近寄ってくる。

「わりぃんだが、大きな声出したいんなら、よそ行ってやっておくんな。そこの茶屋で、うちの親分が休んでいるんでね」
「それはすまんことをした。アシは初めて富士の山を見たキニ。ついつい大声を出してしもうた。」
「そうだったかい。だからと言って、そのまま大声出すなんざ、聞いた事がねぇな。」
「なんでじゃろ?あんなにすごいんじゃ。声が出んほうがおかしいぜよ。」
「まぁ、俺は見慣れちまってるからよ。そう言われたらそうかも知れねぇ。」

男はちょっと意外な顔をしていた。
侍にうるせぇなんて言葉を使えば、喧嘩沙汰になる事も珍しくはない。
殆どの侍は刺青と体の大きさだけで真っ青な顔をするが、人数がそろうと途端に無礼者と言い出す。
この若い侍は、、怒るわけでもなく、怖がるわけでもなく、けらけらと笑っている。
どこから来たのかわからないが、聞いた事のないなまりをしている。

「おい。客人に何してやがる」
「へい。」

茶屋から、初老の男が出てくる。
物腰が柔らかそうで、本当に親分なのかわからない感じはある。
ただ体の周りから妙に大きな大きな気が溢れている。

「すまないねぇ。因縁つけていたのかい?」
「いえいえ。アシが大声出しちょったんじゃ。」
「大声?」
「富士山が余りにも綺麗で大声でほたえちょった。」
「ああ、そうかい。そういうもんだな。山ってぇのは。」
「ほうなんじゃ。じゃが、こん人が、親父さんが寝ちょる言うての。謝っちょったんじゃ。」
「そうかい。まぁ、ここは、天下の公道だ。好きなように叫べばいいさ。」
「もう充分、ほたえたきに。大丈夫ですき」
「お前さん、土佐かい?」
「おお!?わかるがですか?」
「まぁ、この辺は宿場町でね。人の出入りが多いから自然にな。この辺をなんとなく見張ってんだ、俺は。外から来てくれる連中でこの宿場は持ってる。だから誰だって客人だよ。」

龍馬はすっかりこの初老の男が気に入ってしまった。
傷のある大男は、ただもくもくと隣に立つだけで口を利かない。
溝渕さんはなんだか呆れ返って成り行きを見ているだけ。
博徒、渡世人と普通に話をしてしまうのだから仕方がないのかもしれない。
あれよあれよという間にどうもこの親分さんの家に泊まることになってしまう。
溝渕はふと思う。
ついこないだまではまだどこか内向的であったと思える青年が変わってきている。
見知らぬものを見て、食べて、歩いて、出会って、別れて。
今では知らぬ人とその日のうちに仲良くなったり、突然大声を出すようになっている。
龍馬には土佐は狭すぎるのかもしれないなどと思う。
身分や、自分の境遇に縛られていた龍馬はこんな笑い方をしている。

「渡世人ってのはね。まぁ、つまりは極道。道を極めることを言うんでさぁ」
「ほじゃ、アシも剣の道を極めよう思うちょるから、極道じゃ」
「まぁ、そういうこった。実際には侍も何も関係ねぇんだ」
「ほんに、そうじゃのぉ」
「でもよ、本当に大事な事を忘れちまった奴が多すぎるのよ」
「そりゃ、どんなことですかいの?」
「侍ってのは、幕府ってのは、まぁ、天朝様でもいいさね。何をするもんなんだい?」
「そりゃ、国のために働くんじゃろ」
「違うね」
「ほう。違うがですか」
「国ってのは、いったいなんなんだい?」
「国・・・?土地・・・ですかいのぉ?」
「違う違う。山にも木にも草にも、法なんか関係ねぇだろ」
「ああ、ほうか。ほうじゃ、人じゃ」
「そうだそうだ。民草だよ。民草のためにあるんだろうよ、武士ってのは」
「ほじゃ、親分さんは、この辺の人たちを守ってるんじゃね」
「そういうこった」
「・・・ほじゃ、道を極めるっちゅうんは、人のために生きるっちゅうことじゃのぉ」

初老の親分は、ぴたりと止まる。
途端に破願して大声で笑い始めた。
お前さん、すごいすごい。そう言っている。

「まぁ、お前さんも、剣を極める極道だ。
 人を斬る方法に、人の為なんてぇことがあると思うかい?
 それがさ。あるんだよ。間違いなくあるんだ。
 渡世人なんてやってると、生傷がたえねぇさ。物騒な事も起きやがる。
 まぁ、俺たちなんざロクなもんじゃないさ。
 たまたまウソをつけねぇから、こういう風に生きるしか出来ないのよ。
 それでもな、そこだけはわすれねぇのさ。
 脇差抜いても、人の為。喧嘩をしたって人の為。
 若けぇうちは忘れて羽目をはずしちまうもんだけどさ。うちの若いのにはよぉく教えてる。
 お前さん、自分で気付くんだ、中々、大したもんさ。
 そんな侍が増えればこの国も変わるだろうよ。
 まぁったく。侍にしておくには惜しい。もったいない男じゃねぇか。」


旅は別れを繰り返す。
まだ早い時間に溝渕と共に龍馬は旅支度を済ませる。
「もうここまで来りゃ、江戸はあと少しだ。兄さんなら箱根も簡単に超えるだろうよ」
顔に傷を持った大男が初めて笑顔を見せる。

「じゃぁな。若いの。また清水港に来た時は顔を出しな」
「世話になったキニ。またきっと顔を出すぜよ」
「こっちこそ、久々に大声で笑わせてもらったよ」
「ほじゃ、行くぜよ。次郎長親分。」
「おう。侍が厭になったら、顔を出しな」


江戸はもう近い。



のちに清水の次郎長は、駿河に下った徳川家を庇護したという。

道をおもふただ一筋に丈夫が 世をしすくふといのりつついし
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2007年12月06日

面影の見えつる君が言の葉を

面影の見えつる君が言の葉を かくしに祭る今日の尊さ


「まっこと大きな屋敷じゃのぉ」

溝淵が大きな声をだす。
才谷屋の斡旋で船を下りると大阪商人の豪邸に案内される。
龍馬の本家、才谷屋は土佐藩内でも豪邸として知られる。
もちろん藩外とも多少の取引がある。
徳川御三家紀州藩の専売であるはずの樟脳なども出入しているのを見た事がある。
着物は当時財産だから、樟脳は財産を守るために必要だった。

「才谷はんには、いつも世話になってます。どうぞ今日は酒宴でも」
「すまんのぉ、こんなに豪勢な食事は国でも取った事がないぜよ」
「土佐のお方は、よう飲む聞いてます。今日は見せてもらいたいんや」
「ほじゃ、遠慮はいらんのぉ」

溝淵はそう言いながらも恐縮したきり。
龍馬は、折角の馳走を無駄にしてはいけないとどんどん口に運びつづける。
大阪は商業の中心地で全国の食材が手に入るのだという。
山海の珍味が膳に並べられていく。
それでも少しずつ、溝淵も話し始めた。
商家の主人と溝淵が、大塩の乱の話を始める。
自分が生まれた頃にこの大阪で、大塩平八郎という与力が幕府に弓を引いた。
まだその頃から20年と経っていない。
主人もその頃は若く、乱に参加していたのだという。
幕府に半期を翻したという、考えられない革命に龍馬は興奮を抑えられなくなる。

「ほじゃ、大塩さんは、なんにも悪くはないじゃないかよ」
「へい、そうだったんや。あのお人は、救国のために立ち上がろうとしたんや」
「米なんぞ、買い占めておるやつを懲らしめようなんちゅう、与力がなんで責められるんじゃ?」
「結果的に幕府に弓弾くことになったわけや、しゃあないっちゃぁ、しゃあない。」
「しゃあないですませてええんかのぉ」
「皆、泣いてたで。この辺の商人皆や。あの人は命よりも大事な本を売ってまで米を買って配ってたお人や。それぐらい、あの年の飢饉は酷いもんやった」

全国的な天保の大飢饉による米不足の中、与力、大塩平八郎は、子供らに米を配ったという。
与力という立場から、商人による米の急騰を狙う悪質な買占めを知り立ち上がった。
しかし、武器などを調達している最中に密通者が現れて、幕府への造反として罰せられた。
そして事件はうやむやに葬られたのだという。
幕府に弓引くなどということ自体がまだ龍馬にも信じられない思いだった。
しかし大塩の乱以来、全国各地で大塩の檄文が読まれ、乱が多発していた。
幕府はすでに何かを失っているのかもしれないと龍馬は思う。
ただ、それがなんなのかはサッパリわからないままだ。

したたかに酔って床につくと、溝淵が、明日からは厳しい旅になるという。
旅の初日がいきなりこのような大宴会で気を緩めるなということだろう。
溝淵には溝淵なりの旅の計画もあるようだ。
道場で鍛えているとは言え長旅は初めての龍馬だ。
素直に従ったほうがいいだろうと思う。
とにかく、江戸という町を早く見たい。千葉道場を見たい。
少しでも先を急ぎたいという思いも龍馬にはあった。
溝淵は、明日、少し顔をだすところがあって、それからは旅だという。
気付けば、深く眠り、夢の中にいる。
夢の中で龍馬は、飢えてやせている子供が、大人の死体に抱きついて泣いている姿を見る。
大塩の話がそのまま、龍馬の夢に影響を与えているのだと夢の中で冷静に考えていた。

「頼もう」

溝淵は大阪を少し出た辺りの小さな道場にずかずかと入っていく。
信田歌之助という旧知の武術家だという。
剣よりも、組討や柔術に重きを置いていると言う。
溝淵と一番やると長い膠着に入る。
息をつめるような緊張感に龍馬は汗が噴出した。
二人とも強いのが手に取るようにわかった。
溝淵さんは、まだまだこの世には強い者がいると教えたいのかもしれない。
結局、信田が押さえ込み、決着がつく。

「ええか、龍馬。刀を振るのが巧いだけじゃ駄目じゃ。大事なのは体の軸じゃ」
「はい、見ているだけで、なんちゃぁ、汗が噴きよりました。」
「目の前に立てば、もっとじゃ。体の軸だけじゃないぜよ」
「何があるっちゅうがですか?」
「おんしゃに、立たせてみたくなっての」

溝淵はにやにやしている。
信田は少し笑っている。
目の前に立たないとわからないこととはなんなのだろう?
竹刀すら持たない素手の稽古、体のさばきだけの稽古ではないのか?

「やってみるかよ?」
「はい。」

立っただけで、背中から汗が噴出した。
素手である。
だが、真剣を前にしているような錯覚がある。恐怖がある。
一歩も動いていないのに、信田から何かが出てきそうな不安に襲われる。
殺気・・・訓練一つでも命を懸けているのだという事がすぐに理解できる。
隙があるとかないとか、体の軸がどうとか以前の問題としての何か。
獰猛な目をしているわけでもない。それでも、いつでも死に直面する。
そういうくらい洞穴を除くような恐怖があった。
近眼でよく見えないはずの信田の目が目の前にあるような錯覚。
溝淵が少し笑う声が聞こえる。
これだ。これを経験させたかったのだと龍馬は知る。
瞬間。

「きえええええ」

龍馬は大きな声を出して飛び込んでいた。
あっという間に宙を回り、したたかに背中を打った。
目の前に立つだけのはずだったのに。
龍馬はこの恐怖を前にして、打ち勝たなければいけないと瞬間思った。
そう思った時にはもう体が動いていたのだ。
溝淵も信田も、驚いている。
しかし、二人は更に驚くことになる。
龍馬はすぐに立ち上がり、またしても組討に行くのだ。
壁に激突し、床に叩きつけられ、したたかに殴られ、それでも立ち上がっていく。
いよいよその強情に呆れて、信田は、首を締める。
裸締めで、気を飛ばしてしまうよりも他はなかった。


気付くと、龍馬は寝かされていた。
目の前に又一人知らない男がいる。

「まぁ、大丈夫や。あかんよ、無理をしちゃ」
「あ・・・あの・・・」
「医者の楢崎将作と言います。たまたま寄ったら、倒れていてね」
「坂本さん、この人は、公家さんのお付のお医者もやってらっしゃる先生だ。」
「まぁ、打ち身には膏薬を塗ったさかい、骨も太いから平気やろ」
「先生、すみません。こんな強情で元気な男は珍しい」
「すまんのぉ、信田さ。これ、龍馬、礼を言わんか」

楢崎という医者は妙に透明な目をしている。
じっと龍馬を見たまま、ゆっくりと喋る。

「まぁ、でもなかなか見上げた根性だよ。
 どうかその力をもう無茶には使わないでくれよ
 お武家さんが、ウワゴトで言っていた大塩さんはね、無茶をしたんだ。
 もちろん、志は高かった。男はああでなくてはいかん。
 それだけの根性があるなら、耐えることも出来るだろう。
 これからは、耐えることを覚えてください。
 そしてどうか、あなたも大塩さんのように、国のために働けばいい。
 大塩の時代はもう終わった。これからは君たちが新しい世の中を考えるんだ。
 そして本当に立ち上がらなきゃいけないときをきちんと自分で見つけるんだ」

龍馬にはまだ意味がわからなかった。
ただ、後年、何度となくこの言葉を思い出すようになる。



「今は耐える時ですよ」
後年、長崎にて、妻の龍が言う。
長崎にて命を狙われ、小曾根家に預けられている頃の話だ。
その言葉に、龍の父、楢崎将作を思い出す。
龍馬は、自身の父母、妻の父母への追悼を提案し、4人の父母を小曾根家で祭る。
その日に、詩を捧げる。



奈良崎将作を思いて
面影の見えつる君が言の葉を かくしに祭る今日の尊さ
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2007年12月04日

文開く衣の袖はぬれにけり

文開く衣の袖はぬれにけり 海より深き君が美心(まごころ)



「一本!それまで!」

自分でも信じられない事だった。
とにかく昇段試験で勝てるわけがないと思っていた兄弟子たちに次から次に一本が決まる。
どういうわけか相手の動きが手に取るようにわかるようになっていた。
頭でわかるというよりも体が勝手に反応してしまう。
ただこれは強くなったというよりも、何度も繰り返し稽古をつけてもらっていたから、
兄弟子たちのクセのようなものを覚えてしまったのかもしれない。
そうだとしても、自分よりも強いと思っていた兄弟子たちに勝ち続けると驚くしかなかった。

「龍馬、おんしゃ、強くなった。もうこの道場でかなう相手はおらんよ」

権平あにさんが部屋に入ってくる。
今はもう父が隠居して国の仕事をしている大黒柱だ。
新しい殿様の山内容堂公になってから、急に国の仕事が増えた。
父は体力的に厳しくなっており、兄が代勤という形にはなっているが数年中に家督を継ぐだろう。
容堂公は元々、藩主になるような位置にはいなかったのに江戸詰の若様が亡くなって、急遽藩主となった。
藩主としての教育は普通小さい頃から江戸で教わるものだが珍しい土佐生まれの殿様だった。
開明的な若殿は近年近海に異国の船が現れる事があると聞き及び沿岸警備を強化していた。
龍馬自信も台座の土木工事の監督をした事がある。

「龍馬、吉田東洋様をしっちょるか?」
「知らんよ、誰じゃね?」
「このたび、藩の参政になられたんじゃが・・」
「ほうかよ。アシは、よう知らんキニ。それがどうかしたかよ」
「容堂様は、やはりただの殿様じゃねぇぜよ。吉田様っちゅうんは、郷士の家系じゃ」
「へ?郷士なんか?」
「いや、上士は上士なんじゃが、3代前に郷士格から出世された家系じゃ」
「そうなんか?」
「じゃから、親戚には郷士もおるし、吉田様も身分問わず、学問を教えたりしちょる」
「なんちゃぁ、わからんけど、そんなこともあるんじゃのぉ」

土佐の身分制度は厳しい。
郷士は殿様に拝謁さえ許されてはいない。
家系がしっかりしており、功績のある場合上司に取り立てられる事もあるようだがごくまれだという。
坂本家も、元は農家であり、商家になって藩の財政などに尽くして来た結果、苗字帯刀を許された。
それでも、坂本家は郷士格で、やはり上士には頭が上がらない立場だった。
その郷士出身の吉田東洋が藩の最重要な役目についたというのは大ニュースだった。
今、日本中で、外国問題が少しずつ吹きはじめている最中の事で開明的な殿様は国学に詳しい吉田東洋を大抜擢したのである。

「それでの、おんしゃ、部屋住みの次男坊じゃ。このままじゃ一生アシの世話になる」
「うん、まぁ、そうじゃの」
「婿養子に出すッちゅうことも出来るがの」
「まぁ、なんでもええよ。アシはまだなぁ〜んも考えちょらん」
「そうもいかんがじゃ。19ともなれば誰でも考えるんじゃ。たまたまうちは裕福じゃからノンビリでける。」
「まぁ、それならそれでえいじゃろ。」
「でな、父上が、東洋様着任と同時に、おんしゃの修行願いを出してくれたんじゃ」
「修行願い?」
「ほうじゃ。19で免許皆伝なんぞなかなかでけん。上様も東洋様も武術奨励をしちょる」
「修行って、どこで修行するんじゃ??」
「江戸じゃ。おんしゃ、江戸で剣術修行しちゃれ。免許でも取れば道場を持たしちゃる」
「江戸?江戸って、あの江戸かよ・・・郷士の次男坊じゃぞ」
「それがのぉ、許されたんじゃ。これは、坂本家にとっても名誉じゃき!」

江戸への剣術修行など、それまで郷士が行くなんて考えることすら出来なかった。
やはり新しい殿様になって何かが変わっているのかもしれない。
江戸で強い剣士となって道場を開くのも悪くはない。
それにしても、江戸とは余りにも遠く、余りにも驚いた。

「実は日根野道場から言ってきてくれよったんじゃ」
「先生から?」
「ほうじゃ、もう道場じゃ一番強いキニ、どうせならっちゅうてのぉ。アシも驚いたぜよ」
「ほじゃ、もうきまっちょるんか?」
「まぁ、もっと早く言いたかったんじゃが。ようやく江戸の千葉道場からの返事が来よっての」
「千葉道場・・・って、あの北辰一刀流かよ?一流じゃ・・・」
「ほじゃ。紹介状も書いてもらっちょる。藩からの許可も下りた。同行人もきまっちょる。どうじゃ?」
「・・・同行人??」
「おお、説明しちょらんかったな。驚くぜよ」
「誰じゃ?」
「溝淵広之丞様じゃ」
「・・・・。誰じゃ?」
「し・・・知らんのかよ。」

「ええか、恐らく、藩内では適う者はおらんじゃろ。郷士じゃが、ほんに強い。
 島田のおんちゃんとどちらかが最強じゃろて、誰もが噂するほどじゃ。
 武術の奨励から、その溝淵さんを江戸に送ることになっちょっての。
 ほんで、おまさんも、一緒にっちゅうことで初めてお許しが出たんじゃ。
 実はの、アシも、何度か喧嘩した事があるんじゃが、やられてしもうた。
 あん人が負けたっちゅう話をこれまで聞いたことがないぜよ。
 なぁに、普段はもの静かな人での、全然、そうは見えんのじゃ
 一緒に旅をするだけでも、ええ経験になるじゃろ」

土佐はまだ広い。
島田のおんちゃんの居合を見た時にそう思った。
権平あんちゃんも、やはり強かったけれど、島田のおんちゃんは怖いほどの早さだった。
その島田のおんちゃんと並び賞される剣客が土佐の郷士にはいるという。
しかしその土佐を大きく飛び越えて、日本中の剣士が集まる江戸への修行なのだという。
自分が強くなったと言われても、まだまだなのだと思う。
強くなっても強くなっても更にそれより強い男が現れる。
道場を開く事よりも、強いという事に龍馬はどんどんのめりこんでいく。



「ほじゃ、溝淵様、よろしくお願いしますキニ」
「いえいえ、旅銀まで坂本殿には世話になっちょリます。頭を下げるのはこっちじゃ」
「龍馬は粗忽じゃき、迷惑をかけることもあると思うちょリます」
「まぁ、男子二人の旅じゃ、なんちゃぁないぜよ」
「龍馬、これをお前に渡しちょく。よう心にとめおくように」

本当に強いのだろうか?
小柄な体で、物腰も柔らかい。
それでいて常に笑顔だ。
父上に渡された手紙も読まずに、龍馬は旅の途につく。
四国はおろか、土佐すら出たことのない若者は、これからのことで頭がいっぱいだった。
才谷屋の周旋で船に乗る。これから大阪まで出る。
お乙女あねさんは、もう涙目になっている。

「ほじゃ、行ってくるキニ」

船の中で、父上の手紙を開く。
そこには、いつも聞かされている小言が3か条したためてあった。
ふと船の上から今来た方向を振り返ると、須崎港を出た辺りでもう高知城も小さくなりかけていた。
ふいに、龍馬の中でこれまでの父上やあにさん、あねさん、トモダチの顔が浮かぶ。
さっきまで、旅に出ることでいっぱいだったのに、急にこれまでのことでいっぱいになる。
胸がいっぱいでいっぱいで、詰まったような気分。
父上の小言をもう一度読んだ時に、どれだけ父が心配を重ねているかが染みてくる。
泣かないと決めた日から泣いていないから、無理矢理前を向き、海を見た。
顔を袖でぬぐう。泣いていないはずだ。

父上の手紙を丁寧にたたんで、懐にしまう。
懐手にして船のへさきに立つ。

「強くなるキニ」



大声で龍馬は海に叫んでみる。
波の音が返すだけ。

溝淵さんは笑ってる。


文開く衣の袖はぬれにけり 海より深き君が美心(まごころ)
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2007年12月01日

あらし山花に心のとまるとも

あらし山花に心のとまるとも 馴しミ国の春なわすれそ


「もう堪忍しとおせ」

肩で息をする師範は言う。
父親譲りの大きな体格と裕福な家庭で栄養を蓄えたからなのか。
この所の龍馬の成長は著しく、あっという間に兄弟子たちを身長で追い抜いていった。
そんな大柄な地から余りある十代の若き剣士はどうも他の者とは違う。
何度、組討で打っても、柔で投げても、竹刀で叩いても、もう一丁と言う。
したたかに投げているのだから、体中痣だらけのはずなのに、もう一丁と言う。
時には、竹刀で叩かれて、伸びている状態からも、ウワゴトのように言うのだ。

いつだったか雨の日に、水練を中止しようとしても龍馬だけは鏡川に向かった。
今日は中止じゃと教えても、どうせ濡れるなら、同じじゃという。
なぜこの少年がここまで剣に打ち込むのかは誰も知らなかった。
少年自信も、はっきりとした自覚はなかった。
ただ、体の動くうちは何度でも立ち上がってしまう。

落ちこぼれのよばあたれ。
あの坂本家の泣き虫次男坊は16歳になっていた。

「おまん、強いんか?」
「まだまだ弱い」
「聞いちょるぞ、郷士の次男坊のくせに道場なんぞ通わせちもらっちょるそうじゃな」
「たまたま家が裕福じゃち、通うちょる。なんぞ、迷惑でもかけたんか?」
「ああ、迷惑じゃ」
「ええから、そこを開けとおせ。アシはもう帰らにゃならん」
「アシはおまさんより強い」
「ほおか。ほじゃったら余計にじゃ」
「ええから、ちょっとつきおうたれ」

年は2つか3つか下だろうか?
それでも、体格はずばぬけている。
男たちの世界では誰が一番強い、誰が一番弱いなどとよく話す。
この少年もどうやら自分の噂を聞きつけてやってきたのだろう。
そういう事があるというのはなんとなく知っていたけれど、自分が強いと思っていなかった龍馬はなんだか不思議で仕方がなかった。
これからこの年下の少年と果し合いでもするのだろうか?

「おまん、三天狗ちゅうのを知っちょるか?」
「三天狗?知らんよ、なんじゃ、それは」
「土佐にゃ、どうもえらい喧嘩の強い奴が三人もおるそうじゃ。三天狗ゆうちょった」
「よう知らん」
「これからその三人をやっつけに行くんじゃ」
「ほぉか。すごいのぉ」
「何を言うちょる。おまんもじゃ」
「アシ?なんでじゃね?」
「こっちももう1人仲間がおる。そいつの指名じゃ。強そうな次男坊がええちゅうてな」

龍馬は果し合いなんて興味がなかった。
それでも、三天狗という強い三人には興味があった。
指名したというこの少年の仲間にも興味があった。

「おお!連れてきたがか?以蔵!」

現れた少年はなんだかか細くて、綺麗な顔立ちをしていた。
両手にたくさんの木刀を抱えている。
八本の木刀だという。
真剣で斬り合ったら怪我をするではすまない。
相手の三天狗の分と、自分たちの分と、予備で一本ずつという事らしい。
真っ白でか細い少年が長い木刀を八本も抱えているのはなんだか滑稽だった。
既に果たし状を相手方に送ってあって、場所も決まっているという。

浦戸湾の傍の神社の境内にたどり着くと、先方はまだ来ていなかった。
恨んでいるわけでも嫌いなわけでもない相手と果たしあうのが不思議で仕方ない。
以蔵と呼ばれた少年も、色の白い少年も、なんだか大きな声で話している。
もう夕日が傾きかけていて、そろそろ真っ暗になってしまいそうだった。

「おまさんらか、三天狗に挑戦ちゅうのは?」

現れたのは親戚筋に当たる武市半平太ただ一人だった。

「ありゃ、なんじゃ?アギかよ!」
「ん??おんしゃ、龍馬・・・アザかよ?」
「おまさん、ここで何をしゆう」
「呼ばれたから来たんじゃ。三天狗っちゅうんは、アシらじゃ」
「ほじゃったか」
「じゃが、もうそんな子供のようなことしちょりゃせん」
「ほじゃろうのぉ、もう、おまさん、大人じゃ」
「おまさんこそ、何をしちょる」
「なんぞ、この二人に誘われて、ここまで来てしもうた」

「平井は・・・収二郎はどこじゃ!」
「間崎も、平井も来んよ。もういつ家督を譲られてもおかしくないキニ、こんなことしちょられん」
「逃げよったか!」
「かほ殿・・・おんしゃに勝てるわけがなかろうもん」
「勝てるぜよ」
「ええから、もう帰り。暗うなってからじゃ、兄者も心配するキニ」
「兄上は卑怯もんじゃ!」

色の白い少年は八本の木刀を抱きしめたまま泣き始めた。

「アシものぉ、おまさんらぐらいの時に、よぉ、喧嘩したもんじゃ。
 あの頃、強い先輩がおっての。間崎と平井と三人で果し合いにいったんじゃ。
 じゃが、にべもなく追い返されてしもうた。
 アザ、おまさんのあにさんの権平殿じゃ。
 アシがぼこぼこにやられての。平井も間崎も何もでけんかった。
 じゃから、気持ちはよぉわかるよ。
 じゃが、帰り。今日のところは帰り」

「そうは行くかよ!」

木刀をさっと手に取り、以蔵と呼ばれた少年が構える。
それは道場で習っているような構えとは全然違う構え。喧嘩剣法だった。
武市はすっと、木刀を持って構える。
あっという間に以蔵は年上の剣士にのされてしまう。
以蔵はとてつもなく早かったけれど、余りにも体格が違いすぎた。

「すまんの。おまさん、なかなか筋がえいきに。アシが剣を教えちゃるよ」

三人はもう暗くなったあぜ道をとぼとぼと帰る。
以蔵は負けた悔しさで何一つ言わなくなった。
顔の綺麗な少年はまだ泣いている。

「おまさん、女かよ」
「女で何がいけん。武家はなんで男の方がえらいんじゃ」
「・・・名前、なんちゅうんじゃ?」
「言わん。おまさんのような臆病者には教えちゃらん」
「ほじゃ、これから、やほこと呼ぶキニ」
「いやじゃ。そんな変な名前」
「八本の木刀を持っちょる姿が面白いキニ。八本コと書いてやほこじゃ」
「いやじゃ。うちの名前は、かほじゃ。平井かほじゃ」
「まぁ、じゃが、よう似合うちょる。また、その男の格好で遊んどうせ」
「おまんなんぞ、嫌いじゃ」

春の月がこうこうと三人を照らす。
今度、権平あんちゃんとも、稽古をしようと龍馬は思う。
いつまでもいつまでも、以蔵は黙ったままだった。




昭和五十六年になって平井家の文書が公開される。
そこには数編の龍馬の詩とともに、謎の女性の詩が縫い付けられていた。

あらし山花に心のとまるとも 馴しミ国の春なわすれそ 八本こ
posted by 前方公演墳 at 16:48| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 龍馬伝説